文化・芸術

2014年4月 4日 (金)

自分は日本に帰っても生きていけるのか? と不安になること

 表示に問題を抱える(とつぜん画面が単色の、黒とか黄とか青とかに変わり一切のキー操作を受け付けない)我がIBMT43くんですが、それとは別にWindows7はちゃんとインストールでき、私程度の仕事上の利用なら何の問題もなくできます。私はゲームもやらないし(当たり前だ)ビデオの編集もやらないし動画のダウンロードもやりません。スキャナのドライバが当たらないのは一番問題ですが、それもまぁどうにかなるでしょう。

 それにしてもあれほど賢かったXPがどうして「時代遅れ」になるのか、本当に不思議です。私個人はなんの不満も感じていなかったのですが、まぁ私のようなボウフラには一生わからないことでしょう。

 さて。

 ひそかに、「日本に帰っても自分は大丈夫なのか」と、考えています。

 中国の道を歩く時、私はかなり注意をしています。左右にいる道路横断者の動きに注意を払いながら(向こうもこっちの動向に注意している。「あんたが先に死んでね」)どのタイミングで渡るかを決めます。中国の道路は一応右側通行ですが、逆走する車もバイクも三輪車も非常に多いです。逆走車が一番端の車線を遠慮がちに走るとは限りません。中央ライン寄りを走る逆走おばちゃんはけっこう多いです。バイクにはまずナンバープレートなんかついていなく、ぶつかったら責任をとってくれるかどうかはわかりません。(というか救命措置をしてもらえるかどうかも謎)ぶつかったら終わりです。信号は最近増えましたが、信号がある交差点の方が危険です。ちゃんと止まっている車の間を、守らない車がスピードを落とさないで走り抜けるからです。なかには、赤信号で止まっている車に向かい、後続車がクラクションを鳴らして行かせてしまう、というケースもあります。バイクや三輪車はほぼ、信号は守りません。交差点に公安の車(中国にはパトカーがめっぽう多い)が止まっていることはよくありますが、信号無視の車を追いかけていくところを見たことはありません。

 従って、道路を渡るのは常に、ポーカーゲームのように危険です。ゲームはやらないで済みますが米は買わないというわけにいかない。米を売るマーケットまでは片道15分の道のりです。到着した米屋で、なじみのおばちゃんの顔を見るのはうれしいです。

 「今日も生きてたのかい」おばちゃんはそう言っているようです。

 日本でこんな風に注意をして歩くことはなかったな、と思います。でも、本来は道路横断というのは、このくらい気をつけていいのでは?

 日本で、私がのんびりしすぎていたということでは?

 そうなると、怖いのは中国の交差点ではなく日本だということになります。

 中国人は携帯電話大好き、ごはん中も恋人と語らい中もディスプレイを見ている人は多いです。しかし、道路を渡りながら(信号があろうがなかろうが、横断歩道であろうがなかろうが)携帯電話を見る中国人は絶対にいません。ものすごく真剣に左右を見ています。

 中国が、正当では?

 車だけが危険なのではありません。私は一度、若い女性の後ろをあるいていて、水を浴びたことがあります。彼女が、飲み残しの水を右横の壁に「ばしゃっ」とかけた(捨てた)からです。たぶん後ろを歩いている人間なんかいないと思ったのでしょう。彼女は振り向いて「あら、ひとがいたんだ」てな表情でありました。別に謝罪なんかしないのであります。私は誰かの近くを歩くことはそれだけで危険だと思って、中国で生きています。もちろん、水よりもっと不愉快なものを排出する人もいます。だから道では常に「注意一秒、けが一生」であります。痰がついたズボンは洗えばきれいになりますが不愉快な思いはなかなか消えません。そこを通るたびに思い出します。

 こっちのほうが、正当では?

 大学の校舎内でも、私は廊下の真ん中を歩きます。なぜだか教室の戸は全部外開き、その戸が突然開いて体重150キロの男が恋人から逃れるために全速力で廊下へ出てくるかもしれないからであります。両手にものを持つことはせず、右手は常に空けております。何かに対処するためであります。

 こっちが、正当では? 日本にいる時の私が、のんきすぎたのでは?

 逆に私は、教室から出る時は、ドアを時間をかけてそーっと開けます。私は中国にいる間は、ミッションインポッシブルの主演男優のように(笑えよ!)行動しております。少しへっぴり腰ですけど誕生日はトム・クルーズと同じ73日であります。

 日本に帰ったら? おしゃべりしながら横断歩道を渡っちゃう?

 中国の方が正当(すくなくとも生活者の態度としては)なのではないか、日本に帰るとあっというまに何かにぶつかっちゃうのではないか、と不安になるのであります。