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2015年3月17日 (火)

未来永劫、反省と謝罪が必要なのだろうか

 じつのところ、この国に2年と半、住んでも、この国の人々が70年前に終わった戦争に対して、つまり日本に対してどう考えているか、わかりません。

 ハルピンを走るバスの中で、うっかり同乗の中国人大学生と会話したら、隅の方から「小日本」という声が2回聞こえました。40歳くらいのおじさんでした。私は発音がわからないふりをしてそのおじさんの顔を見て笑いかけましたが、おじさんはそれからは何も言わず、次のバス停で降りていきました。

 そのハルピンでタクシー乗車中、雨が降ってきました。とたんにタクシーの運転手さんは「日本人だけ料金は5倍ね」と言いました。まともな人だったらちゃんと抗議するのだろうけど、面倒くさいので10元のところを50元払って降車しました。

 おなじハルピンの、屋台でDVDを得るおじさんの中には日本人だとわかると12元高く売る人がいます。学生が、「どうして日本人だと高いんだ」と抗議しました。するとおじさんは「731部隊がこのハルピンでどんな酷いことをしたのか知らないのか」と逆に質問したそうです。私は、「その罪証記念館は日本の資金で建築された物なのだが」と思いましたが黙っていました。日本の資金で造られた施設であるからこそ、日本のパスポートを持っていくと入場料が無料になるのです。(付記。100%が日本の資金というわけではない。)

 海南島には、仙人窟という地名がありあます。実は「千人窟」なのだそうです。1940年代、日本の軍隊が住民をだまし、一カ所に集め、殺して埋めた。だから「千人窟」なのであります。土地の人に私は「案内して欲しい見せて欲しい」と要請しましたが、彼は「あなたを『今は』案内するわけにはいかない」と言いました。なぜ「今は」なのか、そこに深い理由があると思いますが言葉にすることができません。

 私が中国に住んで2年半、日本人と中国人との軋轢について思いをいたした、そのエピソードというのは以上で全部であります。私は「ナァゴーレン?」と言われて「韓国人だよ」と嘘をついたことがありません。必ず「日本人」と正直に言います。それで殴られたならしようがない。でも日本人だよと答えて、相手の表情が変わったということは一度もありません。

 この国の人が日本人にどう考えているか、どのくらい怒っているのか、怒ってなんかいないのか、わかりません。8月に日本の首相が「談話」を発表するらしく、その内容がどうなるかに私は一定の関心があるし、それは直接にこの国の「住みにくさ」に影響するのかも知れない。しかしはっきりしていることは、出会う圧倒的多数の人は日本人である私に怒りや軽蔑など抱いていないし(私にもそれを感じ取るぐらいの感受性はある)学生は実にこころ深く日本の文化、礼節、芸術に親しみと尊敬を感じている、それを私が毎日感じ取って、暮らしているということです。

 日本と日本人が好きでないと日本語の勉強なんかできないじゃありませんか。私の目の前の、2年生48人、3年生45名、以上93名は(この間までは4年生もいた)勇気をもっていえば中国と日本の行く末について一緒に考えることのできる「同志」であります。

 そうだとしたら。

 もう、対中意識を加害者意識と懺悔と後悔で埋め尽くさない方がいいじゃないか。

 70年前に私たちはひどいことをした、本当にすまないことをした、その謝罪と後悔がはじまりであり終わりなのだという時代は、終わった、と断じてもいいのではないか。

 私は、侵略かどうかなんてばかばかしい議論だと思う。侵略に決まっている。蘇州に近い大都市の虐殺も、30万かどうかなんて数にこだわる必要は無い。1人でも虐殺は虐殺だ。海南島の千人窟は現実に今なおある。それにまつわる物語を熟知している人が住んでいる村で、「ビール1本いただけますか」と言って、お前には売らない、と言われたことはない。ほぼすべてと言って良い中国人が、誤ったことをした日本人の歴史的蛮行として記憶しながら、目の前の生身の肉体を持つ日本人である私には友好的な態度を示す。私は感謝する。

 それでいいじゃないか。

 なお謝罪を続けるべきだ、という学者・政治家が日本にたくさんいることを知っている。しかしそれをもう一度あたらしい人間があたらしい言葉で言うとしたらそれはもう逆行ではないか。

 なぜそんな主張をするようになったか、以前の主張を投げ捨てたのか、自分自身にわかる理由が、2つある。

 1つは、子どもが生まれたからだ。私が謝罪を生きるとして、私の子どもに、孫に、なお謝れ、という奴がいたらそれが日本人でも中国人でも許さない。謝罪は親と祖父の世代がすれば充分だからお前は誇りを持って生きよ、というべきだ。村上春樹は「歴史的記憶」と言った。小説家らしいロマンだが、そこから「永遠に謝罪が必要だ」という論を引き出すのはロマンじゃなく「政治」だ。それこそ村上がもっとも嫌うものだろう。

 もう1つの理由。

 中国に来たからだ。この国の人々に会ったからだ。だから私は変わった。当たり前だろう。

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