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2015年3月16日 (月)

未定義の言葉だがもう一度日本人の「民度」について考える

 以前にも報告したけど、4年生の中には、「日本人の『民度』は中国人のそれよりはるかに勝る。どうやってその民度を身につけたら良いのか、考えたい」という人がけっこう多い。申さんという女子学生は、卒業論文を書くにあたり、東北大震災の際の日本人の整然とした行動、協力の姿勢を新聞からたんねんに拾い出し、日本人の「民度」を賞賛する。

 申さんの卒論は労作だが、私は「民度」とは何だろうと思う。

 優しさ、誠実さ、行動の洗練、集団意識の高さ、約束の時刻をきっちり守る態度、スーパーで買い物中に震災に遭った人はとりあえず逃げ、後日代金を払いに来たというルール遵守の姿勢、そのようなものを「民度」というなら、たしかに「平均値」は日本の方が高いかも知れない。

 しかし私は、「ある集団の質は、平均値ではなく最低最悪の一人で決まる」と、固く信じている。

 オレが先に乗ったんだから窓際に座るんだよ、と飛行機の中で30分も押し問答する乗客、異国を移動する飛行機の中でキャビンアテンダントの顔に熱湯を浴びせるような乗客は、たしかに日本人の中に「多くはない」。

 しかし、1個のライターを没収(当たり前だ)されて真っ赤な顔で地上職員を怒鳴りつけた日本人を私はこの目で見ている。「なんでだ!」というイントネーションは日本人のものだった。

 ある集団の質は平均値では決まらず最低最悪の一人で決まる。そうすると日本人乗客の態度は本当に中国人にくらべて「はるかに良い」のかどうか、私にはわからなくなる。

 私は正直に申し上げて、日本人の「民度」(という言葉が仮に市民権を得てあるとして)の危うさを時に感じる。

 東京の大学の留学から帰った劉くんの話を聞いた。

 「ある時道を聞いたんですよ、そうしたら靴屋さんでガラスを磨いていた男性が、どこから来たという。中国ですと答えた。道を教えてくれた。30分歩いても着かない。もう一度聞いた。そしたら全く方向が逆だったんですよ。あはははは」

 私は、あはははは、とは笑えない。

 ほとんどの18歳は真面目にひたむきに暮らしている。たった1人、中学1年生を凄惨なやり方で、しかも何の理解可能な理由もなく、いたぶり殺す異常行動者がいる。その1人が日本人に不安を与えてやまない。ほとんどの大学の先生はひたむきに研究に邁進している。しかしたった1人、教え子を絞殺する奴がいる。ほとんどの国会議員は……。

 北海道砂川高等学校で教員時代、修学旅行を引率した。「最低最悪の1人がこの旅行の質を決定する」と私は出発時に全員に言った。もともと良質の集団だったということだろうが、実に整然としたいい修学旅行だった。何かが「起こる」という予感さえしなかった。帰着後、菅野という生徒が「先生、最低最悪の1人は誰ですか」と質問したので、「いなかった」と答えた。

 正直に言うが、申さんが賞賛する日本人の「民度」がいま、あやういと思う。全国の高校生が北海道砂川高等学校の良識と優しさを持てというのは無理だ。しかし、同高校の生徒達が何らかの意味で「満ち足りていた」ことは事実で、そこに希望を感じている私がいる。東京の街で劉くんに逆の方向へ30分も歩かせた若い店員の貧しさについて考える。何が欠落してるのかを考える。それを日本人が今取り戻しつつあるのか失いつつあるのかを考える。私の中で希望と悲観は時計の振り子のように振れる。

Bw

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