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2015年3月20日 (金)

今もオウムのセミナーに数十万を払って参集する人間がいる事実をどうするんだ

 この世には、知らなければいけないのに知れないこと、知るべき方法が見つからないことということが複数、あります。その中にはボウフラの脳みそが年をとるに従って何故にどんどん矮小していくのかということもありますが、本気はともかく冗談にうつると、私にとっての巨大な2つの謎というのは1997年春の神戸の事件ともう一つ、1995320日の東京地下鉄の事件であります。

 人類の救済のためにはその人類を殺さないといけない。

 荒唐無稽だ。そんな無茶苦茶を説く男の脳みそは言葉通りに荒唐無稽だと私は思う。しかしその転倒し言葉本来の意味を失った言説を受け止め実行したのは荒唐無稽な脳みそではなかった。

 当たり前だが理路整然とした脳みそでないと弁護士資格は取れない。医師免許を手にすることもできないし科学技術の分野で論文をいくつも発表できるような学者にもなれない。

 荒唐無稽な脳みそが紡ぎ出す言葉を整然とした脳みそを持つ人間が受け止め、そして事件は起き、たくさんの人が落命しあるいは将来的に消せない肉体的・心理的な後遺症を負うことになった。

 私にはわからない。20年間わからない。

 あいつらは狂ってたんだ、でなければあんな事件を起こせるものか、と切り捨てる人がいる。狂った人間が大学で研究者として(ある時期まで)自立し医者になり弁護士になったという事実までをその文脈で解説するとしたら、日本のシステムのある一部が狂っているということになる。あるいはその狂った人間をチェックできない機構の不備が日本にはあるということになる。

 それを考えて戦慄しない人間というのが私にはよくわからない。

 もう一つ。

 事件当日の映像には、構内でガスを吸って倒れ地上に運び出された瀕死の重傷者をまたいで遮二無二会社へ急ぐ人の群れが記録されている。どうしてそういうことができるのか、その場に居合わせ被害者の救助にあたった作家の辺見庸は、「異常事に出会ったときに何とかもとの日常に戻ろうとする人間の衝動」と解説した。文脈としてわかるが私もまたそういう行動をとるのかどうかという別な戦慄が、また生まれる。あるいは、「こんな時にどうして会社へ急いだりできるんだ、オレと一緒にホームで倒れている人を運んでくれ」と怒号した人のように(つまり辺見のように)行動できるのかどうかという自信が、ないからの戦慄だ。

 松本の奇怪な言説にひかれ心酔しその期待通りの行動を起こすに至った人間と、助けを求める幾多の人間を足元にしながらあくまで会社へ急いた平常復帰願望者と、どこかは違うが、どこかは、同じだ。

 私は1951年の生まれだから事件当時40代なかばだった。必死で考えたがわからなかった。もちろん書籍も新聞も読んだが、読めば読むほどわからなかった。あからさまに信徒を異常者として解説し、読者をとにかく安心させようとする(あなたはこんなに異常じゃないから大丈夫だよ)著者もいた。私はそういう書籍を粗雑に扱わず大切に保存した。台所にゴキブリが出現した時にそれで叩き潰すためだ。

 罪深い論客もいるのだ、ということはわかった。とにかくそれについて何か書けば売れる、という事件が日本では時折、起こる。

 かすかにその不明に光を当ててくれたのが、村上春樹という作家だった。この賢人の「アンダーグラウンド2」を読んで私がつかんだかすかな「光」というのはこういうことだ。

 

 こころうち深く「物語」を持たないで成長した人間は自分では決して気づかない危険な人生を歩む。

 

 村上が接触した信徒達(その中には指名手配を受けた人間もいた)に、かすかに、じつにかすかに共通するあることを、私は見つけた。それはとても「かすか」で、ほとんど「仮説」でしかない。

 彼らは幼少期、親から「物語」を聞かされていない。

 桃から男の子が生まれることはあり得ない。豚が煉瓦を積んで家を作ることもないし竹の中から生まれた10センチの姫が3ヶ月で結婚適齢に達することはあり得ない。しかし目の前の人間が説く奇怪な物語が物語でしかなく本来ははかなく消えないといけない実質のない「妄想」であることを見抜くために、内的な物語の蓄積は絶対に必要だ。

 ある信徒に、村上春樹は質問する。「あの、あなた、小説って読めないでしょう。」

 信徒は、「読めないですよ、どうしてもあらが目に付いちゃうんですよね」と答えた。

 あら?

 信徒は、というかある種の人間は、竹の中から女の子が生まれる、という不合理だがロマンチックな物語を(不合理だからロマンチックな物語を)あら、といった。

 松本の奇怪な言説は「あら」を超えているように見える。だが少し大きな「あら」にしかすぎない。なるほど、ある種の人間に見抜けないのは無理ない、と思う。

 それでも。そう考えた後も。

 もう一つの戦慄は私自身にまつわり、離れることがない。すでに63歳になった私はこの戦慄を未処理のままお墓に入るのだろう。

 まぁ墓は造らないけど。

 そして、あえて学校の教師のように付記するなら。(生徒だった頃私はこの「なお」という教師の言葉が死ぬほど嫌だったが)

 今なおオウムのセミナーに数十万を払って参集する人間がいるという事実をどうするんだ。

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