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2014年12月15日 (月)

新感覚派、白樺派……

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 小説家を、その作品傾向、つどった同人誌、発表した刊行物などで分類したものが「派」です。自分達で名乗った派名もありますが、後世の人間達が作品傾向に命名した、そういう名前もあります。

 太宰は、小説「パンドラの函」で、「私は無頼派です」という意味のことを登場人物に言わせています。それが派名の由来となったわけですが、実際は石川淳にしろ坂口安吾にしろこの太宰にしろ、生き方は少しも無頼でなどありません。端正な道徳的人生を希求した立派な人格者です。ただ、人格的に高潔に生きようとするとどうしてもその逆の方向へ行ってしまう人間がいるもので、太宰はそのひとりです。彼の小説を読むと……饗応夫人とか……太宰の内奥の気高い人間性がよくわかります。道徳的であろうとして逆へ向かう人間はこのブログの主のように市井の隅っこにだっているじゃありませんか。

 坂口安吾にしても、無頼に「堕落論」が書けるわけがない。編集者が原稿を取りに来た時に、決まって下着姿だったと言うことと無頼とは何の関係もないのであります。むしろ無頼の徒というのはスーツを着、専属のスタイリストを侍らせ、白手袋をはめて駅前に止めたマイクロバスの屋根の上から嘘八百を並べて「紙にオレの名前を書け」という人間の中にいる。もちろん日本は民主主義の国だから私は10%であろうがなんであろうが税金はちゃんと払うが。

 話を海南師範大学の授業のことに戻せば。

 2年の教科書に川端康成、4年の教科書に志賀直哉の文が出てきたので、「派」の説明をしました。とりあえず新感覚派、無頼派、白樺派、新技巧派、耽美派、と5つをあげて説明したのであります。「試験に出ます」と名言じゃなかった明言しました。代表作家として、新感覚派に川端と横光利一、無頼派に太宰、白樺派に志賀と有島武郎、新技巧派にもちろん芥川龍之介、耽美派に谷崎潤一郎、とそれだけ挙げて、作品傾向についても説明しました。考えることじゃなくてただの記憶事項なので、クソつまんねぇ授業をやっちゃったなと思ったのですが、驚くべし、授業での受けはいいのであります。つまり、覚えさえすれば点が取れる。中国の学生というのは記憶することにかけては反復をいとわない集中を発揮するのでありました。

 それはそれとして。

 小学生の頃、母は私に、昭和の文学作品の筆者をさせました。来る日も来る日も、小説を原稿用紙に写させるのであります。ただ写せばよいものを、原稿用紙のマス目と小説の字数を計算し、ちゃんと写せば何枚目のどの行のどのマスで終わるはずだというのを把握して、ひとマスでもずれると最初からやり直しであります。そりゃ、「ひと」を「人」と書いたり、読点を省略したり、そのぐらいのことはあるでしょう、でも母は許さないのであります。困ったことに姉がそれに協力をした。児童虐待の共犯者となったのであります。今だったら、隣の家の辻さんが警察に通報したら警官と児童福祉事務所の人が一緒になって乗り込んでくるような案件だ。のち、私は国語教師になったが姉は高校の英語教師になった。あっけにとられました。それって裏切りじゃん。

 それはそれとして。

 何が「虐待」なのかというと、母が筆写の素材に選んだのが、白樺派だったのであります。これは、ひどい。白樺派の作家達の共通姿勢は「人間の本性は善である」というものですけど、本当にそうなら日本にもロシアにも小説家なんて職業が発生するわけがない。そんなことだから、清兵衛と瓢箪とか小僧の神様とか、のっぺりした、四隅をとったあとのオセロゲームみたいな段取り勝負みたような小説が生まれたりするのだ。

 小学生に白樺派を筆写させた、それが虐待でなくて何だろう。

 だから私は生涯を通じて人生の道を踏み迷うことになった。これがせめて谷崎潤一郎だったら、もう少しまともな文の書ける国語教師になれたものを。

 以上、ご静聴ありがとうございました。

 今回、オチありません。

 すでにオチております。

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