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2014年12月22日 (月)

「李さんは留学したいと思います」なるほど少し不自然

 文法的論議は、いよいよ深まるのであります。

 メールでご意見をいただきました。

 

 と思います/と思っています/と思っていました

 

 「と思います」だけ「話し手」にしか使えず、「と思っています/と思っていました」は話し手もOK、第三者でもOKというのが、なぜなのか

 

 例えば

 ×李さんは、留学たいと思います

 李さんは、留学たいと思っています

 李さんは、留学たいと思いました

 どう説明すると、中国人は理解してくれるのか?

 さらに、(なぜだか)

 李さんは留学に行きたいと思いますか? ←これはOK

 

 ここから先は私の考えです。

 直感的に、これは「客観性の有無」では?

 「と思います」はより直接話法のニュアンスが増します。客観性が薄い。(話題が近い)

 「と思っています(現在完了)」「と思いました(過去)」は時制が入るので客観性が生じます。客観性が「薄い」か「濃い」かなのであって、「ある」か「ない」かではないのですから、状況の限定性あるいは別に説明の必要があるものの、「李さんは、留学したいと思います」も、使えない文ではないと思います。若干不自然ではありますが、間違った文であるとまでは言えない。時制が入らないから客観性が薄く話し手ではない第三者に対して使うには「少し」不自然であるから、それを解消するために時制を挿入する。そういう措置を、日本語の文脈は求めているのではないか。

 

 うう~む。

 しっかし、難しい問題であります。「思う」という動詞が、行為者ともっとも近い動詞であるからでしょう。これが、同じ動詞でも「見る」とか「食べる」とかなら行為者との密着性がやや薄れます。

 ○李さんは山を見る。……私は山を見る。と同様にこれは使えます。「思う」は、「見る」に比べて心の問題であるだけに行為者との密着性が強い。だから時制がない時(客観性がない時)、「私」以外の行為者との連結が不自然になってしまう。

 たぶん、W先生なら別の説明になるでしょう。

 こう考えていくと……そのうち文法書が一冊、書けちゃうかも。

 なおも、考えて、考えて……頭が疲れると680元のギターで「G線上のアリア」を弾いて……。また考えて。時々口を菱形にして。

 海南島の冬の夜は更けていきます。

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