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2014年12月26日 (金)

場を混乱させてはいけないと思う、それでも口を滑らす場合がある

 日本外教として、口が裂けても語れないことというのがあります。1989年の6月、首都の中央部にある大きな広場で起こった事件はその筆頭であります。別に、「それについてしゃべるな」と、指示を受けたわけではありません。今私がいる中国、大学、教室といった場の安定というか平穏のために、あえてこの私が口を開くことはないだろう、という自粛であります。上に「日本外教として」と書いたけど、他の外教の皆様のことは知らない。

 1960年代後半に始まり、1976年、あの、お金に印刷されている偉い方の死ぬ直前まで続いた、今となっては全く意味の無い価値観の動揺期、有形無形の「価値あるもの」に加えられた理不尽な暴力の時期についての評価を、「日本人の立場と知識から」行うことも、禁忌であると言えるでしょう。映画「初恋の来た道」「活着」「覇王別妃・さらば我が愛」などの、主要なモチーフとなったので、この国の皆さんはよく知っています。でも、私が語ることじゃない、と思っています。

 それでも、ついつい、口が滑ることがあります。シラバス通り粛然と徒然草を授業していればいいのでありますが、つい脱線してしまう場合がある。中国の大学生は、日本の古典文学上の二大随筆というと枕草子と徒然草だと思っていますが、私は「違う、徒然草と方丈記だ」と言います。創作動機が全く対照的なのに落魄者の文学、失踪遁世者の文学だという共通点が、併論して良い一対の「合わせ鏡」のような文学作品を構成しているのだと思っております。ただまぁ成立時期は100年(以上?)離れていますが。

 徒然草について語ると方丈記について語ることになる。そうすると平安時代末の、戦乱・飢饉・台風・地震・大火・アホな天皇による意味の無い遷都などの重層による民衆の激しい苦しみに触れないわけには行かなくなる。

 「今の苦しみ、今の貧しさが続くのだ、と思っている時、人は悲しむだろうが、怒りはしません。少なくとも、激怒はしません。激怒、わかりますね?」と私は言います。生徒は、一様にうなずいて聞いてくれます。

 「悲しみの感情が怒りに転じるのは、いったん与えられた希望が再び奪われる時です。たとえば、今、ここに張さんがいますが、張さんはお金がなくて困っています。私が今日、張さん、あなたに明日、100万元あげます、と言ったとします。張さんに希望を与えるわけです。ところが私は明日になって、やっぱりお金はあげません、と言ったとします。その時、張さんの感情は激怒に変わります。わかりますね?」

 学生の皆さんは一様に、そういう話は初めて聞く、という表情をしています。しかし、納得しています。誰より、張さんが一番深く、うなずいています。

 「貧乏が続く時、良くも悪くも社会はそれほど混乱はしません。混乱は、希望を与えられた民衆がその希望をまた奪われる時、起こります。」そこで私は話をやめて、卜部兼好がなぜ吉田姓で現在呼ばれているかをしゃべればいいのに、口をすべらすわけです。「今年の9月に香港で起こったことは、まさにそれじゃないですか。……あ、ここでこの話は終わります。徒然草が成立したのは、1300……」

 夜に、メールが入ります。いつも、長文の手紙をくれる人です。「私は気になって調べてみました。今までに他の日本人先生が言ったことも参考にしてみました。すると、いろんなことがわかり、私はとてもショックを受けました……。」

 これ以上、混乱を持ち込んではいけない、明日は徒然草のことだけを言おう、と思います。

 とはいえ、メールには、丁寧に返信します。

 社会が混乱するのは、私達民衆が、いったん希望を与えられ、その希望が再び奪われる時です。

 希望を与える人間と奪う人間が同じとは限りません。

 市場が人々に希望を与え、政治家がそれを奪う場合があります。簡単です。外部要因が市場を活発化させ、給与が上がります。購買力が上がり人々は希望を持つ。しかし政治家が、金融引き締めという政策で、その希望を奪う。そうやって、アフリカで、中南米で、どれほどの民衆が「激怒」してきたか。

 人ごとじゃない。

 アベノミクス、アベノミクス、と言って人々に希望を与え、「やっぱり皆さんは豊かにはなれません」という身も蓋もない事実を明かす時、いくらなんでも人間は激怒するでしょう。

 あ、やっぱりしないか。日本人だし。

 六根清浄、六根清浄……。

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