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2014年12月28日 (日)

「もの」にまつわる考察

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4年生の最終テストは、酒井順子さんの「みやこ人都会人」に始まり、吉田兼好の(実はこの人の呼び名については、高校教師の間でも定まった見解はない。卜部兼好、兼好法師。テストでは、「兼好」の字が入っていれば○)徒然草で終わります。

 さて、私は日本の高校教師時代から、(なにが「時代」だよ)わからなかったことがあります。

 「もの」という情感に何事かを付加する接頭語が、直後の形容詞、形容動詞の情感を緩和するのか強調するのか、わからないのであります。たぶん、どちらも違います。

 

 つれづれなるままに、日暮らし、硯に向かひて、心にうつりゆく由なしごとを、そこ、はか、となく書き付くれば、怪しうこそもの狂ほしけれ。

 

 最後を、私は教室で、「わけもなく心が高ぶって普通でなくなる。」と訳しました。「狂」は、暴力的狂乱を意味するかなり極端な字ですから、中国人に説明する時には気を遣います。日本語で、「狂おしいほど君が好きだ」というのは別に尋常な愛のことばですけど、中国語でその字を使うと、(ピンインはKuang,2声)すべての中国人女性は裸足で逃げます。

 さて、「もの狂ほしい」は、じゃぁどういう意味なのか。

 もの、という接頭語について辞書の説明は、「なんとなくそうであるという状態」「はっきりとそうであるという状態」と、矛盾しております。平安時代、鎌倉時代には、その二つを融合する使い方が存在したのではないか、と想像しました。たしかに、現代の「もの」は、「こんどの台風はものすごい」と、「あの歌を聴くともの悲しい」と、相反する使い方をします。しかし、1000年前には統一されていたはずだ。(根拠はない)

 何となくそうであるか(緩和)はっきりとそうであるか(どちらかといえば強調)の中間に、「理由も分からない」という不可思議を説明する時の接頭辞であった時代があった。

 

 何もすることがなく退屈なまま、その日を暮らし、心に浮かんでは消えてゆくそれほど重要ではないことを、順序もかまわないで書き付けていると、不思議に(=怪しうこそ)自分でも制禦できない(=もの)興奮が私を襲うのだ。」

 

 ……鎌倉の終わりから室町、江戸時代にかけて、言葉の意味はどんどんと変質を遂げます。それは合理化であったかも知れない。そして現代、「もの」は「もの凄い」と「もの寂しい」と、はっきりと分化した。現代にあってはこの接頭語は別の品詞であります。(もちろん辞書的にはそうじゃない、私は間違ったことを書いているのだが、私はボウフラなので、平気だ)

 しかし、いずれにしても、味わい深い冒頭の文であります。ちなみに、作者は、まず、紙ではなく硯に向かった。なぜ? 書こうとするなら紙だろう? という問いかけに、多くの学生が「それは紙が高価だったからです」

「いや、書くのだけど、その比喩的表現です」「婉曲です」と多くの答えをくれたのだけど、最初に「書きたい気持ちがあります。しかし詩(=題材)がありませんから、墨汁を作りながら考えるんです」という正解をくれたのが、さんという人でした。

 4年生と授業をしているのは、とても楽しい。「教えましょう」「聞きましょう」という関係が教室に充満する時、多くの教員は給料なんかいらない、というはずです。

 その楽しい4年生との「高級日語(三)」あと2回で終了! 最後の授業を平静に終える自信が、どうもないのであります。

 

 ところで、写真。

 カルフールで、「咖喱粉卖的,什么地方?」と質問してそのへんの売り子さんみんなを巻き込む騒動に発展したことはすでに報告しました。結果、わずか40Gのタイ式カレーの素を10.5元で手に入れた。

 歯磨き粉を買いに行った、校門のすぐ前のスーパーに、カレー粉、ありました。2.5元でありました。しかも大量にありました。

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