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2014年11月30日 (日)

言語学講演会、史跡見学、焼き肉パーティー、カラオケ……

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 私にとってはとてもとても残念なことに、金曜日の授業がトビました。運動会があるのであります。

 ハルピンでは6月にやっていましたからそりゃうんと先の話と思っておりましたが、考えてみれば北の外れの黒竜江省だから6月に運動会がやれるので、北緯17度線にある熱帯の町で同じ月にそんなことやったら死んでしまいます。11月下旬の、ようやく秋風が立ち始めた頃にやるのが妥当というものでございましょう。

 私にとっては週に1コマしかない2年生の授業がなくなるのは残念で、1月のテスト範囲ができるかどうか危ぶまれるのでありますが、何とか合わせるしかないのであります。

 授業がなくなったかわりに、講演会がありました。すでに30年日本の大学で教鞭を執られているラン先生(漢字が日本にない)が帰国され、海南島に立ち寄られたのであります。広島の公立大学で日中の言語学を講義されている先生の現在の研究テーマは角筆文字で(あの、お坊さんが経典を読むためにふった、ルビ)、内容は極めて興味深かったのであります。私たち日本人は漢字は中国から借用したがひらがな・カタカナは日本で発明したと思っている、実はそれは特にカタカナに関しては曖昧で、日本で角筆文字が発生したのとほぼ同時に朝鮮半島・中国大陸で生まれているから、カナも大陸由来である可能性があるという話に驚きました。研究文献はわりと豊富なようなので、先日の「『はい』という応答の感動詞は日本語かそれとも中国語・広東方言か」どうよう、日本に帰ったら勉強してみるべきであります。

 講演では生徒の熱心さにも驚きました。記憶力がいいのかちゃんとメモを取っているのか、講演のごく最初に一回だけ出てきた固有名詞(日本の研究者)の名前が講演の最後になってラン先生から問いかけられた時、瞬時に出てくるのであります。また、講義は全部日本語で行われましたが(会場にいる日本人は私ひとりですが日本語に触れる機会を増やすためでしょう)、「角筆が最初に使われたのはどんな時でしょう?」という問いかけに、ちゃんと日本語で、「亀の甲や動物の骨、木簡や竹に字を刻む時です」という正解を答えるのです。

 いつも思うのですが、中国の大学生、恐るべしでありますよ。彼らは実によく勉強し、本も読みます。時々立ってノートを取ってるのがいるので、「イスにガムでもついてるの?」というと、「徹夜でレポート書いたので座ると眠ってしまいます」なんて言います。道に痰も吐かないし、ゴミも捨てないし、ショッピングモールのトイレットペーパーを持ち帰ったりも金輪際しませんよ。その大学生が、私に対し、「先生、日本人ってとてもマナーがいいんですよね」と話しかけるのでありますよ。その都度私は、「同じです、今の皆さんと完全に同じです」というのでありますが、本当に同じなんですかねぇ。

 で、講演が終わって。

 私と1歳しか違わないのに、この講師がべらぼうに(失礼)元気なのであります。2時間におよぶ講演のあとで少しも休まず市内観光に出る。これが夜の645分まで続く。それから車に乗って歓迎食事会に直行する。

 もちろん私もお供したのですが、私の方はクタクタに疲れました。講師の案内役の曹先生が疲れて五公祠の案内説明はせずに休まれているのですが、その間もせっせと歩き廻ってiパッドで盛んに写真撮影。7時半からの夕食会から党書記が(海口ではたぶん大変な社会的名士だ)合流され休みなく海南島の気候風土について話されたのですが、そのお話にもしっかり応じておられました。20代の青年のように元気だ。

 

 土曜日は、私は4年生と約束がありました。朝9時に海南師範大学正門前で待ち合わせ、以前から行きたかった海瑞墓を見学。案内役は2人という話でしたが現れたのは4人。「先生、ここから33番のバスで30分です」と言ってくれましたが実はネットで調べてきたらしく、全員、海瑞墓を見るのは初めてということでした。

 海南島で生まれ、中国本土で公務員試験に合格し、蘇州や浙江省で公務員を務めたが賄賂の授受を自分にも部下にも自分より偉い機関の人間にも厳しく禁止の態度で臨んだために繰り返し讒言にあい罷免と復職を繰り返し、最後までその姿勢をつらぬいたが、死んだ時には財産と言えるものが皆無で、送りのものの涙を誘った、という逸話があります。娘がある日使用人からリンゴを貰い、それを「女は男の手から食べ物を受け取ったりしてはいけない」ととがめ、以降はその戒めを厳しく守らせた結果、娘は餓死してしまった、という逸話は生徒から聞いたのですが、さすがにそれは後世のものの創作でありましょう。

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 4人の案内・説明が懇切丁寧なので行き帰りのバスを含めてたっぷり3時間の見学となったのですが、そのあと明珠広場で焼き肉。ここに更に6人が待っていて、合計10名の学生群となりました。教室のやく半分であります。私がお金を払おうとしたら「中国では誘ったものがお金を払うのです。私たちは予約の際にネットで支払っていますから大丈夫です」と。入り口には、168元って書いてあるぞ、と思ったのですが……。ありがたくご馳走になりました。中国の大学生、男も女も、まぁ食べること食べること。絶対に無理でしょうと思える量の肉を取ってきて焼いては全部食べちゃうのです。私は、お寿司を何点か(生ものはサーモンだけ、でも北寄貝がちゃんとあった)焼き肉を何枚か、それにサラダ菜の大きな葉っぱを何枚か食べたところでもうダウン。

 「老人になると胃袋が小さくなって痩せるものだ」というと、博物館の時にも案内役を務めてくれた張さんが「じゃぁ今から私たちがダイエットしなくてもいいですよね」。私は「いかなる時もダイエットなんかしないほうがいいです」と自分の考えを述べました。

 2時に焼き肉店を辞去し、10人全員で近くのカラオケやさんへ。全員でまぁ気持ちよく騒ぐこと騒ぐこと、何度も名前を出す張さんは、あの京劇の女役の役者の声域を持っているらしく、平素から張りのある高音でしゃべるのですが、なにしろカラオケボックスの中で最大音量、鼓膜が破れるかと思いましたが、6時半にそれが突然終わりました。フルーツ盛りと全員にパイナップルジュースがついていったいいくらなんだろうと思いましたが、これも生徒の「おごり」でありますから、金額を聞くわけにも参りません。

 明珠広場から19番のバスで海南師範大学南校へ直行しましたが、バスは土曜の夜の渋滞にはまり、よろよろとアパートにたどり着いた時には7時半をとっくに廻っておりました。メールを出すとすぐに返信があり、「私たちも楽しかったです、また機会があったら遊びましょう。」と。

 で……。

 日曜日には更に楽しみな企画があるのであります。

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