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2014年11月 5日 (水)

私が海南師範大学で働くことになったお茶目な理由

 私が海南師範大学の日本語科主任に、「ハルピンでの2年の講師職を終える。そちらの大学で雇ってくれないか?」とメールしたのが、3月上~中旬。

 主任から「それじゃ来て日本語を教えて下さい」という返事を受け取ったのが、3月末。

 929日に着任しましたが、決定までのいきさつについては興味がありました。何人が応募して、どういう経過で自分が選ばれたのか、ということです。俺は気にしないという人がいるかもしれませんが、気にした方がいいと思います。何に期待がかかったのかということがわかると、その期待には背けないことになります。

 主任とは通勤バスで隣席したり、授業をお互いに見学したり、また授業や通勤バス発車までの待ち時間を(むやみに長い)ダベって過ごしたりしましたので、大まかなところもわかりました。また、当然会議も開かれたわけですから、他の先生にも質問しました。とても面白かったです。

 応募者は十数名いたようです。また、若い人と女性が多かったようです。もちろん私は応募時点でも62歳ですから、最高齢です。中国政府が「外国人労働者は原則65歳を超えての延長ができない」と規定しているその年齢上限まで要するに2年しかありません。

 曹主任は、「私たちはそのとき、言語畑の人ではなく、文学畑の人を求めていた」とおっしゃいましたが、他の先生のお話を補足すると、もう少し別な事情もあったようです。

 私が一番、主任に、『何も質問しなかった応募者』だったから、選ばれたということです。中国の人はこういう点、わりと包み隠さず教えてくれます。

 たしかに、私は勤務条件、生活条件についてほとんど何も聞かなかったようです。そもそも、持ち時間は何時間ですか? 教科はなんですか? と質問しても、中国の予定は会議を一回開くたびに変わります。着任してみないとわかりません。黒竜江東方学院では、すでに授業が始まっているのに、「持ち時間数は変わりませんがもう1教科増えます」ということが実際にありました。

 居室は何平方米ですか? 近くに市場やスーパーはありますか? というような質問も無意味です。あなたのアパートは龍昆南路99号にあります、と言われていても、着任してみたら桂林洋高校区に変わっていた、というのに驚いてはいけないのが中国への着任のルールです。龍昆南路のアパート周辺はぎっしりスーパーが埋めていますが、桂林洋は現在開発区ですから靴下一足買うのにおそらくは長時間バスに乗らないといけないでしょう。そして教員用のアパートはどちらにもあります。私は、キャベツ1個買うのに30分歩いても、桂林洋に住んでも良いと思っていますが……何しろ海の近くなので。

 ともかく私は、曹主任に対して何も質問しなかった、私以外に何人の日本人外教がいますか? ということさえ、聞きませんでした。到着してから充分対応できます。……と思っていたのですが、さすがにそれは、主任の業務の一部を代行されていた林先生から、「現在お一人です」と、教えられました。

 とはいえ私はここに書いたこととは逆のことをした、その反省もあります。ハルピンの2年目、新しく着任される日本人先生に、数通のメールを送っているのです。市場まで歩いて何分、米はここで買える……。結果、たくさんの嘘をつきました。「停電と断水は日常茶飯事です」と書いたのに、実際は20138月以降、ほとんど停電などせず、私はその虚言を謝罪しました。

 たいていのことは、どうにかなります。もちろんビザ発給にまつわる書類情報はどんなことがあっても事前に問い合わせないといけませんが。どんなに事前にリサーチしていても、不安は減らない、逆に増えるものだ、と私は確信しています。

 まぁ、それにしても。

 元気な若い人がいっぱいいるのに私を採用してくれた曹先生には海より深く感謝であります。しかもその理由が、「一番あれこれ質問しなかったから」。とても、お茶目な理由であります。そんな曹先生が大好きであります。

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