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2014年11月21日 (金)

ついに海南省博物館へ

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 海口に来て
2ヶ月目がまもなく終わろうとしています。バラバラになって家族とは会えませんが(千葉、埼玉、カナダ、ベトナム、そして中国)面倒を見てくださる先輩外教(他大学を含む)、心優しい中国人の先生(もちろん日本語はペラペラ)、そして「先生、先生」と話しかけてくれる学生のおかげで、ただの1秒も寂しさを感じたことがありません。

 そもそも私には「寂しさ」という感情がよく理解できません。

 異国にたった一人だ、という状況は寂しくありません。庄野潤三じゃありませんが、「広場の孤独」が寂しいのです。周囲には私と(本来)価値観を共有できる(はずの)人がいる、でも私には話しかけてくれない状況がある、という時に人は「寂しい」と感じるのです。携帯電話のSNSにしか人間関係を構築できない一部日本人が「寂しい」のは当たり前です。それははじめから「そこにいる」のに「そこにはいない」人間群像だからです。

 さて。

 海南島で行きたいところはいくつもありますが、五公祠、海瑞故居、泰華庵、騎楼老街は、案内して下さる先輩外教、あるいは生徒さんのおかげで、訪問することができました。

 とすると次はどうしたって博物館であります。通勤バスがこの前を通るたび、気になっておりました。ひっきりなしに特別展が入れ替わるのです。墨蹟の展示だよ、という看板が出て「行かなきゃ」と思っているまもなく「☆☆の写真展だもん」という看板に換わり、今度こそ行くぞと思っていると、「☆☆先生の敦煌仏像絵を見せてやる」という看板に、あっという間に換わりました。せめて1ヶ月は展示してくれよと思うのでありますが、そんなわけには行かないのであります。たぶん、見せるべき文化財がいっぱいあるのでありましょう。

 授業が終わり、帰り支度している生徒に、「博物館へ行くには?」いつも会話している(私にA4の紙を1000枚くれた)張さんは、「51番のバスで省図書館で降りるんですけど、先生博物館行くんですか?」そうだ、どうしても見たい展示物がある、というと、意味ありげに私に笑いかけます。その顔はどうみても、「一緒に行ってあげましょうかと行って欲しいんでしょう」という顔であります。どうしようか、でも迷惑だし、と思っていると、「午後は私たち授業ないんですよ」そこまで言われちゃ、素直にお願いするしかありません。

 張さんと、仲のいい友達ふたりが付いてきてくれました。

 市内と桂林洋を結ぶバスに5元払い、博物館へ。最初にその、いつ他所の博物館へ行くか分からない特別展示を見ました。☆☆先生が1942年と43年に敦煌を訪問し、せっせと仏像の絵を描いた、その労作が数十点飾られています。私はあまりに興奮して近づきすぎてしまい、警備の男性から「あまりガラスに近づかないで下さい」と言われてしまいました。その注意内容は、同行の4年生が通訳してくれるまで分かりませんでした。

 敦煌の壁画を、どの程度☆☆先生が忠実に模写したかわかりませんが、日本の仏教画と、かなりシェイプが違うようです。顔に丸みが強いことと、手足、胴の肉付きが非常にふくよかです。

 高級僧侶が、盆に供物を載せて差し出している絵があります。

 「盆の上の、真っ赤のものは何かな」

 張さん「果物でしょう」

 「こんな果物ある? 同じ太さで枝分かれしてるよ」

 張さん「でも、果物しかないです」

 彼女は、昨今のニュースに接し、「赤珊瑚です」とは言えないのか、それとも赤珊瑚というものを知らないのか、どちらかだと思いました。敦煌は甘粛省にあります。(え? そうですよね)赤珊瑚がとれる場所からものすごく遠い。だからこそ価値が生じる。その絵が敦煌に存在し、1943年にそれを模写した人がいる。

 すごいことではありませんか。

Photo


 特別展示を、ものすごく時間を掛けて、張さんという珠玉の4年生の通訳付きで鑑賞し、張さんの説明によれば、「全中国の画家の絵を集めてコンテストを行い、優れた作品を選びます。これは4年に一度です。今年は12回目です。」ということになる絵画展に歩みを進めました。

 その前から動きたくなくなる絵が、いっぱいありました。

 写実的な絵もあれば抽象絵画もある、怪異な異国人と列車に乗り合わせた夢を見た、という恐ろしい(本当に怖かった)絵もあれば、黎族の娘たちの着飾った様子を描いた、日本の浮世絵みたいな美人画もあります。

 これは、1日では足りない、と思いました。約3時間を博物館で過ごし、礼を言って別れました。

 博物館は、中国では、基本的に無料であります。(北京の民族博物館は100元近い金を取るが)身分証明(私の場合はパスポート)を示して入場券(キャッシュカードと同サイズ同素材)を貰います。出口のところでそれを返すのであります。

 うううう~む、中国おそるべし、中国の画家、おそるべし。

 絵は見るのも飾るのも大好きであります。困ったことに中国ではこういうのを平民である私が買える価格で販売する画廊があるのであります。ただそれを日本に持って帰る方法が、ない。

 

 ところで。

 張さんは私の帰りを心配しました。詳細にネットで(携帯電話で)調べ、周囲の人にも聞き、33番のバスに乗れば乗り換えなしに私のアパートまで帰れることを教えてくれました。

 で、33番のバスが来て。

 彼女が昇降口へ行くので彼女も乗るのかなと一瞬思いましたが違っていました。

 「中国城行くよね!」

 運転手さん「行くよ。」

 「いくら?」

 運「1元だよ」

 「この人はね、日本人なんだよ、中国城へ着いたら、ちゃんと教えてあげてよね!」

 ……ありがたいけど、かなりの声量であります。バスに乗り込むと、「なんでぇこいつ日本人かよ」という目で私を見る人が、数名、たしかにいました。でも、悪意があるようには見えなかったので、心配はしませんでした。

 礼を言うと、張さん「いいえ、私たちも楽しかったです」

 これ、いつもの「世話してくれる」学生の台詞であります。ハルピンでも、海南島でも。

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