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2014年11月10日 (月)

あなたが子どもに「人生最良の日」を語ること

 古い話になりますが、北海道砂川高校の教員時代、「創作国語演習」という、極めて興味深い学校設定科目を授業する、得がたい機会に恵まれました。私の当該高校での教員生活が楽しいものであったとしたら、その1番目は担任学級で人間的に極めて良質の生徒たちに出会えたこと(これは、本当にすばらしかった)、2番目は、私のような老体を気遣う(何しろ着任時すでに56歳)心優しい教員集団との出会い、そして3番目は連続5年間、この、他の学校では考えられない特殊教科を受け持つことができたこと、であります。

 一口に言って、小説や詩を書く教科なのであります。このように書くと雲をつかむような話ですが、「あるもの」を描写する国語表現と違い、「ないもの」を想像で作り出しそれを描け、というのですから受け持つ方も受け持つ方だし選択する方も選択する方です。ちなみに私がこの学校を退任すると同時に、この学校設定科目は消えて亡くなりました。

 ある時私は選択者に宿題を出しました。「家に帰ってご両親のどちらかから、『人生最良の日』を聞き出し、それを物語にしなさい」。

 生徒はぽかんと口を開けました。私は、「どんな人にも人生最良の日がある。あなたはたとえばお父さんの口調で、物語を書きなさい。書き出しは、『お父さんにとっての人生で一番良かった日かい? そうだねぇ、それは……』というような調子が、望ましい。」と補足しました。何人かの生徒は両親からそれを聞き出すのはとても無理なので仲良くしている親戚のおじさんでも良いですか? いや自分は親戚も無理だから近所に住む散髪屋の主人で良いですか? と聞いてきました。私は、あなたが誰から聞き出そうとそれは「物語」なのであるから私にはわかりようがない、と返事しました。

 最初に先生が、人生最良の日を語って下さい、という生徒がいたので、私は断りました。それは君らの自由な想像力と創作力を邪魔する可能性がある。君らが宿題を提出したら、私も語る。

 宿題提出の日、作品数を確認してから、まずは「よくやった」と褒め、私は自分の「最良の日」を語りました。

 3人の子どものうち、末っ子が生まれた日だ。彼は妊婦の夫をはじめとする家族立ち会い出産を奨励する産院で生まれた。その日、私の奥さんが産気づくと、長女が必死で背中をさすり、長男がその両人を心配げに見守った。まだ2歳だったんだよ。私はうろうろ産室内を歩き廻るしかできなかった。一番怖かったのはこの私だったんだと思う。で、ついに赤ん坊が顔を出し、産院の先生、助産師さん、私の奥さん、2人の子ども、みんなががんばって、彼の全身がすっかりこの世界に出てきた。私は産院の先生から特殊な鋏を渡され、へその緒を切った。その硬さを今もこの手が、覚えている。3800グラムの赤ちゃんはものすごい勢いで泣いた。その瞬間長女が、ばんざい、ばんざいと叫びながら高く高くジャンプした。長男は黙って静かに、弟の顔を見ていた。その表情も忘れない。

 しばらくして、ある男子が言いました。「俺の親と同じスよ」同じ?「俺の親も、人生最良の日は、お前が生まれた日だって、そ言いましたよ。先生が、自分は宿題提出の日まで語らないって言った、それ、そういう意味だったんですね。」

 すばらしい作品がいくつもできました。小学校時代、野球をやっていたという男子は、「お父さんにとって人生最良の日は、ホットドッグを食べながら野球を観ていたらお前がホームランを打った、その1日だ。ついでに言うと、その時食べていた150円のホットドッグよりおいしいものに、未だに巡り会わない。」という内容の創作をしてきました。ある女子は、「お母さんはちょっと今精神を病んでいて話せません、お父さんは美唄の病院で亡くなりました。親戚もいないので話を聞く人はいません。自分のことを語ります。私の人生最良の日は……」

 それは、本州へ行くという彼氏の見送りに千歳空港まで行けなくて滝川駅にしたけどその朝奈井江は大雪で家を出ることも難しくてローファーで出たもんだからバス停まで大変でおまけに私が行く道の途中に近所で有名な変質者が私を待っていて遠回りしていったらバスの時刻に10分も遅刻したけどバスも遅れていて間に合って泣きながらバスに乗ったら乗客のおばあさんが、あらあらこんなになっちゃって、と言いながら私のコートのフードの雪を払ってくれたことです、というものでありました。

 すべての生徒の作品に共通していたのは、なんらかの意味でそれは人間と人間との関係にまつわる喜びだ、ということでした。たくさんのお金がないと生み出せない人生最良の日というのを描いてきた生徒はいませんでした。「そんなの当たり前だ」と認めた瞬間、未来への不安が1つ、確実に消える。

 え? 今回のブログ記事の、落ち? 落ちはございません。でも、あえていうなら。

 ほんの3040名のかたしかおいでにならないこのブログではありますが、できることなら、あなたのお子様に、周囲の年少者に、あなた様ご自身の「人生最良の日」を語って下さい。お子様の中には、「そんなん聞きたくネェよ」という向きもありましょうが、それは仕方ありません。でも、真摯にそれを語り、聞く、そのことによってしか、親と子の将来に向けての「ある種の」不安は、消えないのであります。

 京都市伏見区にある『あゆみ助産院』で、末っ子は誕生いたしました。我が家族が5人、揃ったその日であります。人生の何かがうまく行かない時(たとえば離日の日が迫っているのにビザが下りないとか)そのことを思い出します。ほんの数日経てば、人生は基本的に良いものであると確信できるじゃないか、と思うのであります。それが外れたことは一度としてないのであります。

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