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2014年11月 8日 (土)

海南島居留許可戦争終結の日

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2年生の授業終了と同時に、携帯電話に着信がありました。本日授業ないはずの4年生のクラス、張さんからで、「今すぐ会えますか?」

 急遽待ち合わせ場所を決め、彼女を待ちました。

 張さんと彼女の友達が(その友達も張さん。中国にはずいぶんこの名前が多い)なにやら赤い大きなものを持ち、走ってやってきました。

 見るとA4の紙、1バンチ500枚を2つであります。寮からここまで来るのはかなり苦労したに違いない。

 「この紙を先生にさし上げます。先生は、毎授業でたくさんの印刷をしてくれます。それは、本来は私たちがお金を出し合って、コピーするべきです。だから紙をさしあげます。」

 絶句いたしました。私は、自分の授業がやりやすくなるようにプリントを作っているだけです。教員生活は36年ほどになりましたが、このような優しい配慮を受けたことがありません。ちなみにこの張さんは、私のためにプリンターのインキをネットで探し、購入してくれた人でもあります。

 きらきら、それ自体光を発するようなふたりの張さんの笑顔を見ながら、心からお礼を言いました。

 彼女らの卒業試験は5月の中旬であります。それまで、せめて彼女らの日本語の力になるような授業を精一杯やって、配慮に報いようと思います。

 ちなみに、紙を購入するお金は、クラスで均等に集めたそうです。

 

 さて、「じーん」としながら通勤バスに乗って南学舎に帰り、きっかり午後3時、外事処へ。

 ついに念願の、ちゃんと延長された滞在許可を手にすることができました。なんと海口市公安局は400元を請求したそうで、(電子レンジ1台分だ)当然私の負担となりましたが、この街に住んで働くのですから当然のことであります。

 非税収入400元、という領収書を事務官さんは私にくれましたが、日付がまさに117日でしたから、たった今、彼女が公安局から帰ってきた、ということでありましょう。簡単に約束して当たり前のようにそれを反故にするということはありましたが、彼女がたった1人で外事処業務をこなす(大学院生の事務見習いはいるが)多忙さは目にしているので、今までのすべてにお礼を申し上げます、と英語でのべ、2つの書類を持って事務室を出ました。

 

 アパートに帰って書類をスキャンしていると、電話が鳴りました。先輩の日本人外教W先生で、「海南大学のF先生が新しいアパートに引っ越ししました。部屋のお披露目をするそうですが一緒にいきませんか?」

 もちろん、「喜んでご一緒します」と返事。更に、同じアパートに同じ日に引っ越した海南大学のH先生から、「土曜日こちらに来られるなら、うちの部屋も見に来ますか?」というメールを受信しました。

 以上が、金曜日に起こったことでありました。

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