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2014年11月 9日 (日)

海南大学の7人の2年生を前に考えたこと

Fujitalaoshiparty


 海南師範大学の先輩外教、W先生の紹介で、海南大学のF先生と知り合いになれたのでした。そのF先生が、最近新築のアパートに引っ越しをされたということで、W先生と一緒に拝観いたしました。一応、アパートは大学の敷地内にあるのですが(通常の教員宿舎はそう。私のアパートも大学敷地内のど真ん中にある)しかし海南大学はものすごい敷地面積なので、「え? 正門からこんなに遠いここがまだ敷地内?」て感じであります。バスの停留所にして
3つや4つは離れています。ちなみに我が海南師範大学南学舎から海南大学までバスで40分以上かかります。そんだけ乗っても1元(18円)なのですけど。

 新築のアパートには、7人の日本語科の学生が来ていました。とても流ちょうな日本語を話し、日本に対する知識も相当なものなので、全員2年生だと聞いた時にはひっくり返りました。たった1年と少しで、ここまで日本語が上達するわけがない。すでにかなり正しいイントネーションで日常会話ができる人がいます。

 「あなたは内モンゴルの出身ということですが馬には乗れますか?」

 「いえ、私は乗れません」

 別の学生が、「でもカノジョのお父さんは馬に乗れます」。

 何度も確認したのですが、本当に2年生だということでした。皆さん、しっかりした海南大学生徒としてのプライドと、好奇心と、何より向学心を持っています。日本人外教が何か言うと、さっと紙を取り出してメモをはじめます。私が「名前は中寛信です、中国的中、寛容的寛、信念的信」というと、ある学生が、「オダノブナガの信でしょう?」

 さかんに日本語で話しかける生徒に応対しながら、ずっと考えていたのは、「日本の大学生は大丈夫なのか?」ということでありました。日本の大学生が、同じような向学心と好奇心を持ち、未知の事物から知識を吸収しようと、果たしてしているのか?

 以前にも同様なことを書いたことがありましたが、その時には「そんなに中国が好きならもう日本に帰ってくるな」というコメントを頂戴しました。アホと議論するのは時間の無駄だし、アホのコメントを削除するのも時間の無駄なのでほかの愛国的なサイトへ行って下さい。何より不愉快だったのはそのコメントに、「政治」を感じたからであります。

 政治。

 私は、日本の政治はもう「日本」の「政治」ではないと思っています。国民の暮らしなんか見放していると思っています。アメリカが量的緩和をやめると瞬時に80兆円の円増刷を発表して泥船を下から支える、物価が上昇して賃金は上がらず日本は購買力を失いもともとGNP15%しかない輸出が円安で復調するとはとても思えないのになぜかそれをメディアと学者がこぞって賞賛するという転倒が横行する日本社会は、すでに滅びに向かっているのだと思います。アメリカに教えられて南の島を国有化して中国を意図的に怒らせて関係を悪化させるというのはアメリカと霞ヶ関の官僚が書いたシナリオ通りだし、案の定それでも中国経済を頼りにせざるを得ない政府(と、経団連)は今般のエイペックでは譲歩しました。それにもアメリカの指示が臭う。(当然だ)ちなみに、日本を恫喝して俺たちのQEを代行させたぞ、という旗を振って選挙に勝とうとしたオバマは「それでもなお」大敗した。私の子どもがその将来を生きていくのだから「笑止」と書いちゃいかんが、それでも笑止だ。

 政治は、もうしようがない。しかし、個人は別だ。個人が戦略を持って自分と家族の幸福を展望できないとき、政治がたとえまともでも、不安は消えない。かつて、1年に給料が1万円ずつ上がっていくような時代が実際に存在したが、その時代には政治と個人との関係を突き詰めて論議する必要そのものがなかった。しかし、経済が衰弱していく時代にこそ、個人は自らの内部のエネルギーを点検する必要がある。

 なんとなく空を見上げて「景気が良くなればいいねぇ」とつぶやく人が幸福には絶対になれない時代が到来している。政治家や官僚が日本国民「個人」の充実に顧慮せず逃げ切りだけを図っていることはすでに明白になっている。政治という……あえて言えば……外的要因に頼って個人がひとしなみに幸福になれる時代はもう30年ほど前に終わった。

 個人を発見せよ、個人的な戦略を持て、と村上龍が喝破したのは19978月号の文藝春秋だった。私はそのテキストを今も大切に保存している。しかしメディアは風になびく葦のような国民におもねる記事しか書かず、更にそういう国民を拡大再生産している。

 人生の質は、好奇心の総量によって決まる。私はそのことを自分の子どもには、千回も二千回も言った。身をもって示すこともできたと思っている。それでも、すでに結婚して家庭を持った1人を含めわが3人の子どもがどう生きていくか、わからない。

 そういうことをずっと、メモを握りしめて日本人に話しかける7人の中国人を前に、考えていたのでありました。向学心があるから、好奇心があるから大学生になった、その点では日本も中国も同じはずだ。

 「個人」というのは好奇心のベクトルの独自性にほかならない。のであります。

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