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2014年11月16日 (日)

海南師範大学4年生に中間試験を科してみたら

 中間考査を実施いたしました。

 海南師範大学では、中間考査については決まりがありません。やりたければそれぞれの教科担当者が、自分の授業時間を使って行うことになっております。もちろん期末考査については厳密な決まりがあり、ワード書式の設定から問題に対する番号の振り方、細かく指定されております。もちろん字体もポイント数もちゃんと守らないといけません。もしこの字体がゴシックだったらどうしようと思っておりました。ゴシックなんて、アルファベットはともかく日本の文字を書く字体じゃありません。それなのにしばしばこの、ミミズをつぶして地べたになすりつけたようなフォントを愛する方もいて、あろうことかあるまいことか私の名前が記載されてたりする。文書を深く地中に埋めて上からコンクリートを打ってやろうかと思うのであります。

 12月中旬には期末考査(1月中旬実施)の問題を提出しないといけないので、練習のために期末のレギュレーションを守って、中間の問題を作りました。私はどういうわけか、日本にいた時も中国に来てからも、考査問題の作成が速いのであります。というか、乱暴なのであります。その気になれば1回の週末で4教科ぐらいの試験問題はできます。あまり自慢にならないですけど。

 日本にいた時、ある生徒は、私に向かい、「試験問題を作るのが速いって、調子に乗ってたくさんの問題を作りすぎです、今回も100問きっかりあります。少しは生徒の迷惑を考えて下さい。」といいました。生徒の迷惑なんか考えてた日にゃ、学校そのものが消滅しないといけません。

 それはそれとして。

 4年生には、口を酸っぱくして言い続けました。不正行為の防止であります。正直に申し上げて、前任校では(特に名前を秘す)カンニングに悩み続けました。早めに来て机の上にうっすらと夏目漱石の生没年を書く、教科書をスマートフォンで撮影し、膝の上に載せた電話機の画像を見ながら答えを書く。あからさまに隣の人間と答案を取り替え、互いに点検し合う。ひどいのであります。

 中国の大学教務部だって手をこまねいてはおりません。さまざまなペナルティを科します。不正行為が明らかになったら、卒業時に証書を渡さない。不及格にしてしまう。過去の奨学金受領者の栄誉を剥奪する。いろいろな罰則があります。しかし、それでも私は悩まされ続けたのであります。

 海南師範大学はどうでありましょうか。試験の前週から私は、「あなた方と私の信頼関係を損なうようなことはするな。1人が不正をしたら私は諸君が卒業するまで全員のことを信頼しない。」と言い続けました。生徒はニコニコと、ちびまる子ちゃんの祖父を見る目で私を見ております。

 ある先生が、いいました。「中先生、うちの大学の生徒は、不正行為しないですよ。」

 で、実施。私は考査開始の瞬間まで座席を発表せず、また携帯電話についてもしつこくカバンに入れろと要求しました。ある男子生徒は、「実は私は近々日本へ行くので公安からビザ発給の連絡を待っています。僕だけ机の上に携帯電話置いておいていいですか」と、いかにもこの国らしい(そうかな)特例認可の要求をするので、「どう返事したらいいかな」と考えたのでありますが、となりの生徒が怖い顔をして「だめに決まってるでしょ」と言ったので、事なきを得たのでした。

 机間巡視も細心の注意を払って行ったのでありますが、結論から言って不正行為はなかったようであります。ところが、なんとしたことか、授業態度はものすごく良いのに、成績が最悪。得点が100点から11点(!)までバラけてしまいました。平均点が両クラスとも50点前後であります。平均点からして及格点にいたらないではないか! と採点後吠えたのですが、生徒の答えがおもしろい。

 「先生のテストは、中間と期末の得点割合は50-50だったんですか?」

 私の負け!

 ちなみに、例の電話特例発言の男子に、聞いてみました。「39点とはひどいじゃないか。期末では何点取るんだ」。

 彼は涼しい顔をして、「85点はとれます。」

 へぇぇ……。てか、ちゃんと中間も点、とれよ!!

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