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2014年10月 3日 (金)

佐藤泰志さんのことふたたび

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 佐藤泰志さんの「そこのみにて光輝く」を読んだ時の興奮はまだ冷めないのであります。

 脳をやられて性欲を社会的に制御できなくなった(実はきちんと制禦できている人間はこの世のどこにもいないが)老人が、朝から晩まで女の肉体を求め、老妻はそのために極度に疲弊し、ついに30歳の娘に代行を依頼する。その際の「死ぬまでの辛抱だから」という説得が悲しい。一つの絶望が肉親の死というもう一つの絶望によってしか終わらない、という運命を受け入れる娘が壮絶だ。さらに彼女は夜の酒場のカウンターの奥で酔客の求めに応じ体を提供することもある。なのに彼女は精神の平衡を失わず身と心を同時に捧げるに足る男の出会いを、待望し続けている。そこに達夫という男が登場する。

 菩薩のような女を造形した時、凡百の作家はそこに依存する。しかし佐藤はその人間像に「依存」して、その人間像の力で小説を完成させることはできないと、知っている。作品はあくまで自分の冷たい理性でコントロールしないといけない。この小説はそうやってできている。そのことはラストを読むまで、わからない。

 私は、この作家が41歳で死んだということをずっと考え続けました。

 村上龍が、1976年の限りなく透明に近いブルーでしっかりと、完全に、過去のものとして葬り去った「近代文学」の、「それ以降」の標準原器が、ここにあるじゃないか。この人がちゃんと生きていたら、世にも気色悪い、暴力とセックスを過去の作品の中から拾い出してきてつなぎ合わせただけの小説とか、言葉だけが困っていて実は少しも誰も困っていないのに貧困の中に文学的美質があるかのような錯覚に基づいて書かれた地表から遊離した小説とか、あるいは単につまらない都会の女の日常を白昼夢とともにのんべんだらだらと描く、みたいな児童遊戯小説は誕生しなかったのではないかと思える。

 本当に、なぜ、この人は、死んだのだ。

 海南島ではもちろん誰ともこんな会話は成立しないので、来年7月に帰国したら砂川のいわた書店を襲撃するしかないかな、と思うのであります。社長は「そんなことのために店を開けているのではない」というかもしれないけど。

 それと、ちゃんとこの海南島にも文庫本を何冊か持ってきたけど、中上健次。

 彼こそが、村上龍が埋葬しようとした(結果的にそうなった)旧弊な日本近代文学の、残滓ですからね。

 「中上さんには何発殴られたかわかりませんよ、他の編集者も同様ですよ「と、見城徹は笑うのだけど、笑い事じゃないって。

 作家が、編集者を、殴るのです。作家が、もっと若い作家を、殴るのです。それも、村上龍がその現場のことを書いてるけど、殴る必然性なんかどこにもない、現に村上が「どならないでください」というと瞬時に手を引っ込めて、「お前、おもしろい奴だな」と顔をのぞき込んだという。

 こういう人間性が、作品の質をおとしめている。(当たり前だ、人生は作品に反映する)

 この人のことを「ボヘミヤン」という顔を真っ赤にして怒るコアなファンがいるそうだ。そんないいもんじゃないだろう。中上が、身内ではなく通行人を、何の縁もゆかりもない人を殴ったら、単純に刑事犯だ。殴る相手を選んでいる。殴れる相手しか殴らない。それが甘えでなくてなんだ。

 佐藤泰志の小説には、甘えは、依存は、私には、感じられない。

 あ? だからこそ消耗を早めたのか? わからなくなってきた。7月が待ち遠しい。いわた書店の社長様には、私の暴力的な乱入に備えておいていただきたい。

 

 海南島の生活が続いています。暑い、かび臭い、湿気が高い、と文句ばかり言っていますが、次第に慣れていきます。顔見知りの商店主さんも数名、できました。その1人はパソコンの周辺機器やさんの女店主さんであります。40代の、鶏のガラみたいにやせた女性です。この人がシャワーをあびたらスープがとれそうだ。

 昨日、キーボードとマウスを買ったらとても調子が良かったので、通りすがりにその礼を言いました。

 「安いのにとっても使い心地が良いよ」

 相手の返答。

 「そりゃそうだろう。この店の品物はみんないいよ。それでいて両方でだったの45元(約790円)なんだからねぇ」

 え?

 あのうおばさん、私が払ったの、50元なんですけど……。

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