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2014年10月25日 (土)

顔を見合わせていても出会えない人はいます、と賢人は言う

 大島弓子さんの名作「綿の国星」は、「どうしてこんなに降るのかさっぱりわからない」という、白い子猫の独白から始まります。

 海南島の省都・海口の雨は、土曜日の昼から降り始め、一瞬も止まないで降り続いています。土曜日は大々的に洗濯の日でしたけど、いつできるかわかりません。土も木々もたっぷり水を吸って、仮に晴れたとしても明日は湿った風が吹くでしょう。

 この雨は土曜日の夜にいちばん激しくなり、今(日曜日、午前10時)もやむ気配なく強くなり弱くなり、続いています。

 「どうしてこんなに降るのかさっぱりわからない。」

 にゃぁぁ。

 ここで思い出すのは、海南島に5年いらっしゃる先輩のブログであります。数ヶ月前の海口の大雨で、道路が広範囲にかつ深刻に、冠水の被害に見舞われた。電動バイクの、バッテリーのところまで水が上がったというんですからえらいことです。私のアパート(1階にある)なんかはたちまち水が上がってくることになります。先輩のブログの写真には、「これ、道路ですよ、池じゃありませんよ」というコメントが添えられています。車がお風呂に入っているようであります。

 ひぇぇ。怖いよう雨怖いよう。

 

 買い物に出る気にもなれずパソコンを立ち上げると、日本の北海道の、かなり寒いところの方から、実に興味深いメールをいただいておりました。

 全盲の方との、インターネットを通じてのコミュニケーションというのはどういうことなのか。

 仕事上の打ち合わせ(たぶん講演の依頼)、最初、電話でやりとりしていたのが、「メールでも大丈夫ですよ」と言われた。全盲の方は、「空メール送ってくれればこっちから返信するから」とおっしゃったが、あまりにも失礼だからというのできちんとした文面のメールを送信した。

 すると、大変に丁寧な、整った文面のメールが届いたそうです。

 相手は、ディスプレイ上で私たちが通常やるように、文字を形として認識し、読んでいるわけではない。音声読み上げソフトを使っているらしいのですが、もちろん詳細はわからない。ただ届くメールは非常に端正なものである。

 相手が、どう自分のメールを読むのか、想像しながら発信する。その「想像」が、つまりはコミュニケーションということではなかったのか、と私は思いました。

 私にいただいたメールはかなり長文のものでありましたが、最後にこうありました。

 「顔を見ていても、出会えない人というのはいます。」

 はたと、膝を打ちました。

 メール主さんはかなりの文章家でありますので、私のように「書きすぎない」のであります。くどくど説明しない。それだから心にしみました。深く同意いたしました。

 

 昔むかし、「バベル」という映画がありました。他の役者も良かったけど菊地凛子さんの演技がもう神がかった見事さで、一瞬たりともスクリーンから目を離すことができなかった。

 神は、塔を作って神に至ろうとした人間の傲慢をこらしめるため、言葉をバラバラにし、コミュニケーション不全という苦悩を与えたもうた。

 逆だ、それは。

 言葉がわからないから、人は意思疎通できるのであります。言葉がわからないから、今じぶんが言ったことが相手に通じたのかどうなのか、必死に考えるのであります。その、考えている瞬間だけしか、コミュニケーションは成立しておらないのであります。

 

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