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2014年10月 6日 (月)

日本へ帰るたびに「若くなった」と言われる先生のこと~海南大学訪問

 W先輩の案内で、海南大学へ。

 師範大学前のバス停……なんと中国城という……から11番(だったか20番だったか)に乗車、車内アナウンスがなく、どこ走ってるんだろうと思って車外を見てももちろん初めて見る風景、停留所には表示があったりなかったりするので……ない方が多い……どこを通過中かわからない。こりゃ1人では乗れないなぁと思いました。どこ走ろうが、要はおれっちの体が移動してればいいのさ、というボヘミアンならいいのでありますが(嘘だよ、よかネェよ)バスに乗るということは多くの場合目的があるということであります。

 海南大学。

 全中国の高中生が(すげぇ)6月に全員同じ問題を解く「高考」、その一番高い得点を要求するのは、海南省では海南大学であります。わが(何が「わが」だ。まだ1時間も授業してネェ)海南師範大学はナンバー2ね。

 その海南大学。広い広い。東門を入ってすぐの所に東坡湖というでっかい池がある。その池の面積がだいたいわが師範大学の龍昆南路学舎の校地面積と同じでありましょう。湖を大きく迂回して、各棟を見学。引率はもう8年この大学にいらっしゃる、F先生。プライベートな時間を利用して生徒との対話の会を企画し、生徒の日本語会話能力を高めるために奮闘努力なさっているわけであります。私はその功績により海南省から表彰されるに至るような、そんな日本外教には絶対なれない。

 あれが、日本のODAで建築された☆☆棟です、あれが旅遊学部の授業棟です、もとは独立した私立大学でしたが海南大学に併合されました、これが体育館、これが学生会館、と案内してくださるF先生の足取りがものすごく軽く、つい年齢を尋ねてしまいました。

 答えを聞いて。ええ~っとのけぞってしまいました。

 そのまま南門まで至り、そこで夕食会となったのですが、夕食会にはF先生の友人という不思議な中国人が合流されました。この方のことが、説明されてもよくわからない、たぶん日本への留学経験があるのだろう、日本語ペラペラ、知識がすごい、冗談を言うにしても三国志のある戦争のあるエピソードを知っていないと理解できないようなそんな冗談なのであります。浅学非才の私にはとてもついて行けない。

 おいしく、楽しい夕食会を終えて、またバスに揺られて中国城バス停、海南師範大学まで帰ってきたら夜の8時でありました。

 シャワーを浴びながら、思い出していました。F先生の言葉です。

 「日本に帰るたびに、若くなった、また若くなったと言われます。」

 この、海南島の気候と食べ物、暮らし全般がよほどF先生にフィットしているのだろうと思いました。そして、私は、だめだろうと思いました。到着日の夜だけで吸い込んだカビの菌の量は……。

 

 さて、海南島プリンター戦争。

 どのような経過をたどるか当ててください、というお願いに、答えてくださったのはたったの1名。まぁ当然ではありますが。

 夜の710分、お店からメールがありました。

 「今日はプリンターは来なかった」

 私は、「明日は来るの?」と返信しました。翌朝になっても、それには返信ありません。

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