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2014年9月16日 (火)

安倍が浜田を雇う理由~高校生就職試験解禁の日に

 「先進国」という言葉で語りうる実体が仮に「ある」として、その数カ国の経済情勢が失速状態にあることを今や誰も否定できないでしょう。経済学者や経済人は、常に「理由」を語ります。

 3月のアメリカの財政の崖については、ブッシュの時代の無反省な軍事費垂れ流しが、あるいは2008年のリーマンショックが、複数回襲来したハリケーン被害が、その他の天候不順が、立派な理由でありました。何年前か忘れたけど、観光と航空業界の不調の際には、サーズの流行が、テロによる心理的な抑圧が、立派な理由でありましたし、日本の46月期の落ち込みについては、消費税増税後の駆け込み需要の反動が言われ、同じ時期の欧州の経済悪化の理由は当然、ウクライナ情勢とロシア制裁に伴う「引き受けるべき痛み」でありました。イギリスのポンドが危ういのでありますが、もちろん、スコットランドの分離とEUの再編、それが立派な「理由」でありました。

 なんにだって理由はつけられる。そしてその「理由」は克服可能でないといけない。「台風が」「大雨が」いくらでも理由はある。常にある。のであります。

 しかし、頭のいい人は気づかないかもしれないが、「先進国」の普通の人々はすでに皮膚感覚で知っている。もう、自分たちの国にはかつてのような景気(という言葉にも実は実体がないが)の狂騒期は戻ってなんか来ない。更に何人かの人は、「戻ってこない方が良い」とさえ、考えている。

 水野和夫さんが「成長のない社会で私たちはいかに生きていくべきなのか」で、平川克美さんが「消費をやめる」で、平明な言葉で語っておられるその中身には共通点があります。先進国(何度書いてもこの言葉には抵抗があるが)の経済はすでに失速状態に入り、ふたたび回復することはない。労働力に払われる対価の、「先進国」と「発展途上国」の間の格差や、向こうとこちらの商品の持つ価値の傾斜、はたまた「過去」と「今」、更に「未来」において生み出されるプロダクツの価値の、それぞれの時代における対価の差をもって「成長」が約束されてきたのだとしたら、それらの差異はどんどん消え去りつつあるのだから、「失速」は当然の帰結だった。それを「成熟」と呼ぶなら、「成熟」に向けて「成長」の努力をしたものが逆の経過をたどるはずがない、当たり前のことで、あります。

 いやそんなことはない、我々の経済の「右肩上がり」は続くはずだし続かないといけない、と考える人もいた。その人たちは意図的に中東を、アフリカを、中米・南米を、「不安定」にしようとした。不安定な地域が地球上にないと困る人が、実際にいるのだ。アル・カイーダも、今話題になっている「イスラム国」も、はたまたアフリカのボコ・ハラムも、世界をもっと不安定に! と望む「先進国」の介入によって(あるいはもっと積極的な関与によって)誕生し、いまの悲惨を生み出し続けた。そのために「先進国」が払った犠牲も、一通りでない。アメリカの「財政の崖」もその1つだが、そのために苦しんでいるのは軍産複合体の連中でなくまさに「庶民だ」という不幸がある。

 しかしついに、というか「やっと」というか、私たちは何をしてももう先進国の経済が右肩上がりになることはない、という時代を迎えるに至った。同時に世界から不安定要因が消える、と期待することは早計かも知れないが、いつしか無反省に暴れているのはアメリカだけだった、という程度の期待なら、できるような気がする。

 日本について。

 もう、経済の狂騒期は絶対に戻らない。どんな学歴のどんな業界のどんな新入社員も、最低でも毎年1万円ずつ給料が上がった時代は、永久に戻らない。戻らない方が良い。915日付の日本経済新聞の第3面で浜田宏一は消費税増税と法人税の25%までの減税に言及し、「経済のパイが増えることは勤労者にとってもプラスになる」という嘘をついた。さすがエール大学の名誉教授だけのことはある。さすが、安倍晋三の顧問だけのことはある。企業の内部留保、設備投資の準備金が、勤労者の給与に反映されないのはどうしてか、反映されてもボーナスであって毎月の給与でないのはなぜか、という問題で多くの人が悩んでいる時、この嘘である。さすが、という他はない。

 良心的な経営者がいないわけではない、ということだって私は知っている。ごくごく卑近な例で言うなら、私が住む赤平市には空知単板という優良企業が存在する。2012年の4月に入社した高卒者の、2年目の冬のボーナスが、かつてない金額だった。そのことで彼の(高校3年間を皆勤で過ごし空知単板入社後も一貫して皆勤である)感じた誇り、抱いた自信は一通りではない。私は知人である人事部の管理職の方の顔を思い浮かべ、密かに感謝を禁じ得ない。しかしその会社にしても、業績を給与に振り向けるか株主への配当にあてるか、深い悩みの末の、決断であることだろう。

 北海道の、人口11千の市の数少ない優良企業の判断はそうだった。私はもちろん株主ではないので配当については知らない。しかし大企業になればなるほど、金銭で「報いる」に足る「業績」が得られたら、まずは株主に還元してさらなる投資を呼びかけるだろうと、思う。エール大学の名誉教授の発言はあまりに単純であっけにとられるが、単純であるだけ嘘として罪が重い。

 空知単板工業株式会社の業績がこれからもずっと上がり続けることを願ってやまない。しかし日本全体としては、経済の業績は下降する。浜田が何を言おうが、法人税がどうなろうがかつての狂騒期はもどらない。浜田は大企業の拠点移動について言うが、キャノンも日産も、ほかの大企業も、投資の半分は海外からで、製造工場も販路も日本国内より海外の方が多い。社屋が東京都大田区あるいは埼玉県狭山市にあるというだけだ。キャノンの社長は御手洗だが日産の社長は日本人じゃない。

 この両社は、いったいどこまで「日本の会社」なのか?

 ものすごく乱暴に言うと投資の半分が海外のファンドによるもの、ということは業績の半分が海外を潤すということだ。それを前提にして法人税を下げる? 自民党に対する献金を復活させる?

 浜田が何を言っているのか、さすがエール大学の名誉教授だけにわからない。たった1つ、浜田がアメリカ人だという仮説を立てるなら、すべてのことがよくわかる。

 それはそれとして。

 私たちはかつての経済成長を「過去のこと」と納得し、受け入れて自分の暮らしを展望しないといけない時代を生きている。私はそろそろ退場するが3人の子どもはこれからじぶんの子どもを産み、育て、更に自分自身が最低でもあと60年を生きる。

 だんだん貧しくなる60年を乗り切るには技術が必要だと思う。毎年10%の経済成長が約束されている中で数十年を生きるのとわけが違う。その希望がない中で退屈しながら生きるのは文字通り恐怖だ。

 健全な好奇心と教養、脳みその柔軟さがないと、だんだん「金銭的には」貧しくなる時代を生きていくことはできない。村上龍の指摘を待つまでもなく通貨とは言語である。世界共通言語である。これが毎年1割ちかく増えていった時代がかつてあり、何も考えない人間でも楽しく暮らせた。(私はいうまでもなくその1人だった。)

 恐ろしいことに、経済をはじめ、すっかり違う様相を呈しているのに、様々なパラダイムがその時代のままだ。(浜田はその具体的な名残である)それは実は、ものすごく危険なことである。想像力をゆたかにし、子どもには本を読んでやり、親子で映画を見、絵を描いてあるいは音楽を聴き、綺麗な景色を見て、何も考えない人間を見舞うかも知れない壮大な「退屈」を向こうへ押しのける技術を身につけるべきだ。今の時代、中学生が朝から晩までゲーム機を見つめたり、芸のない芸人が馬鹿笑いをするだけの低俗なテレビを見たり、子どもに一生の敵である「退屈」を掃討する技術を教えないといけないその責任ある「父」が勤め帰りに4時間も5時間もパチンコをしたりしている、というのは明らかに異常だし危険だ。そういう危険は政治意識に向いたときに本当の(そして、違う意味の)「危険」となるので、今なお「景気回復」とか「経済のパイの拡大」とか「民間投資の活力を」とかいう言辞が意味を持つのであります。不安を顕在化させるのは為政者にとって常に危険じゃありませんか。

 浜田もそのために安倍に雇われているのであります。

 

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