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2014年9月23日 (火)

信じて待つにもある限界があった

 「生存報告」のためにブログを始めました。

 20128月中旬、ハルピンに渡りましたが、フェイスブックとヤフーブログが閲覧も更新も不可、ということで途方に暮れたのでありました。ミクシィは何とか(展開速度を問題にしなければ)閲覧/更新できますが、私と肌が合わない。メールも、サフィックスによってはつながらないことがある。ある時期msnがだめだったし別な時期はg-mailがだめだったし某大国が☆大会議など開いたりすると、その期間はyahooアカウントも不安定になる。メールは、届いたか届かなかったか、わからない。相手から「先日のあの件ですが、そろそろお返事いただけますか」というメールを受け取ってようやく自分の発信したメールがどっかで消滅したことがわかる、そのようなあんばいでありました。

 そこで始めた本ブログでありますが、生存報告以外に思わぬ効果がありました。読み返すと、自分の精神状態がわかるのであります。ある時期、自分の書いた日記の文章が荒れていると、「そうか、あの出来事をやっぱり自分は平気にはやりすごせなかったのだ」ということが、わかる。

 そして、今。

 荒れています。自分で自分の日記の文章が、言葉が、手入れの悪いおろし金のようにささくれ立っていることがわかる。文章を書くのは、文字に音楽を盛り込むことであります。音楽性のない文章は、読めない。村上春樹の小説は読めるが☆☆党大会決定は3行も読めないという人がいますが、文に音楽がないからであります。

 私は単なる日記記述者であり売文家ではない、それでも(たとえ日記の文でも)音楽性が欠如するともう「書いた本人でも」読めない文になる。

 私は、若い頃は、ステージ上から観客に向かい豚の臓物を血まみれのまま投げつけ続けるような、そんなバンドの音楽を聴いておりました。それが50歳を過ぎて、バッハやモーツァルトしか聴かなくなった。昔の文を読むとやっぱり豚の臓物であります。今の文はそれよりは「主よ、人の望みの喜びよ」に近い。その時聴いている音楽が、書いている文字に「乗る」のだ。で、今、私は、自分の文章の「荒れ」を自覚している。すでに文章に、「主よ」はおろか豚の臓物も存在しない。

 自分が書き、自分しか読み返さないとしても、リズムのない文というのはイヤなものであります。

 

 あらためて、外部の人間世界との結びつきが、精神の安定にいかに重要かということがわかる。60歳を過ぎてやたらと名刺の表面や裏に自分が創作した「肩書き」を記入したがる人がいますが、その人はそれによって精神の安定を得ているのであります。自分が何をしてどういう組織と関わりを持ちどういう人に知られているか、それがこよなく重要なのだ。大半の人は「お前ェなんか知らネェ」と思うのでありますが、名刺肩書き主義者は自分だけでもそれを持ち安定しようとしている。

 けなげだ。痛々しいけなげさであります。

 そして。

 冗談じゃない、人ごとじゃない。

 8月上旬からずっと海南省政府から届くはずの1通の書類を待っている。海南省政府と私との橋渡しをしてくれている海難師範大学の日本語科の先生は(中国人)赴任は順調にいって10月上旬。私たちを信じて待ってほしい、とメールをくれた。

 信じて待って、最後のそれにかかわる文言のメールからあっというまに20日以上が経過した。さすがに、深海のアメフラシのような感受性の私でも、ただ単に「待つ」ことの危険に気づき始めたのであります。

 私は、30代の半ばの引きこもり男性を1人、知っている。演劇学校を卒業し、2本ほどテレビドラマに出た。けっこうな有名俳優と共演し、その時点では順調だった。所属事務所から「じゃぁまた出演依頼があったら連絡するから」と言われて、すぐに次の撮影があるだろうと、自宅で待機した。

 その「待機」が、あっというまに10年を超えた。

 私は1人の知人として彼の「ただ待つ毎日」を心配するが、なんのことはない、自分が今、同じ状態で過ごしているじゃないか。

 海難師範大学の先生は、「順調にいって着任は国慶節明けです」といった。国慶節休暇は、普通の大学だと103日で明ける。

 さすがに私でも、ただ待ち続けることの危険性に思い至る。

 赤平市内でたまに知人に会うと、相手は必ず「あれ? まだ日本に?」と聞く。少し前までは「はい、ビザ待ちです」と返答したけど、最近そう答える自分自身の確信に、揺らぎが生じているのであります。

 ただ、待つのは、危険であります。骨の髄まで旧弊な日本的共同体の発想がしみついている私は、いかなる肩書きもなく、仕事がなく、したがって外部人間集団とのつながりがなく、自分自身に「役割」の自覚がないままで精神の安定を得ることができない。

 実は海南省政府は私にビザを与える気がないのではないか、という疑いが芽生えたら、自分の出すべき答えは「待つことの拒否」でないといけない。そんなことはないだろう、と「信じて」待ち続けると、あっというまに私は今以上に精神の平衡をなくし、その不安定はまずは家庭に、周囲の人間関係に、(居酒屋さんの常連とか)毒素を振りまき続けるだろう。その兆候は、すでに私自身が書く、文章に表れている。

 これ以上は待たない、と宣言するべき時期であります。すでに国慶節は目の前ではないか。

 私の文章は明日にはちゃんとするかな~。

 

 ……って、軽く冗談言ってる場合じゃネェよ。

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