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2014年9月 7日 (日)

小川洋子さん「人質の朗読会」

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 自分は、今日、いまから
10分後に死ぬかも知れない、しかも同じ運命を持った仲間が7名いて、全員、ひとつの部屋から出ることを許されない。

 今日、死ななくても、明日か、明後日か、いずれにしてもそう遠くない将来、間違いなく命を奪われることになる。そこは日本でなく凶暴な戦闘の続く紛争地帯である。もちろん日本へは帰れない可能性が、極めて高い。

 そういう状況で、人はどう行動するのだろうと、思いました。

 行動の自由を奪われた、年齢も性別も職業もそこにいる経過もバラバラの8人に許されているのは「語ること」だけです。だから、彼らは、語ります。

 「誰でも1つは、決して忘れられない『思い出』を持っているのではないでしょうか」と、作者の小川洋子さんは語ります。……とすれば、その思い出とは、その人、自身です。

 10分後の運命がわからない、その状況の下で、8人が順番に私を、語る。どの話も個性的です。日常そのもののような思い出もあるし、この世に存在することが極めて不自然な場所に連続して足を運んだ、シュールな記憶を語った人もいます。どの思い出(物語)も、異常な臨場感に満ち、ある意味で切実です。「創った」物語も、8つのうちにはあったに違いない、でもオーディエンス(といっても7人の同様境涯者…つまり人質ね…)たちは演技や礼儀から遠く隔たった生々しい興味を示し、それに聞き入ります。

 いつしかこの書籍を読んでいる私自身が、テロリストに誘拐された8人の物語口述者をみぢかに感じる、同様境涯者になっています。

 迫力のある小説だ。

 同時に、不思議な説得力もある。

 なんと幸福なことに。

 自ら自身と言い換えて違和感のない、8つの(のちに1つ増えて9つになる)物語に一心に耳を傾ける、ワタシがおります。

 

 記憶とは、人生そのものである。

 あなたがそこに生きているということ、つまりあなたがあなたの「物語」を持って、そこにいるということである。

 力ある文学者というのは、やはり力ある仕事をするものであります。

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