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2014年9月10日 (水)

9月10日は中国の教師節、私がもらったメールには

 910日午前、中国の大学生からメールが入ります。下は、その直訳です。

 

 私たちは、発芽を待つ種子に似ています。

 なぜなら、私たちの中には先生が私たちにかけられた願いと気遣いが、いっぱい詰まっているからです。

 私たちは美しい花を咲かせます。

 先生、あなたの教師節をお祝いします。

 

 ……910日は、中国の教師節です。当初、私もビックリしたのですが要するに1年に1回、生徒が教師に「感謝」をし慰労する日。多くの教室で花や手紙を贈る光景が見られます。もともとそんな日じゃなくても中国では教師というのは良く尊敬されていて、授業中の注意(携帯電話が多い)は素直に聞くし、テストの採点に疑問を持つ生徒は皆無だし(だからこそ教師はごくごく注意して採点して何度も点検する)期待に本当に良く応えます。日本では生徒が教師に敬語なんか使わない、「中ちゃん、今日機嫌悪いよ、ヨメとケンカでもしたの?」ってため口使うよ、と言っても「そんなはずはありません」って、絶対に信じません。

 

 上のメール発信者の生徒さんは、良いことを書いてくれていますが、私は(中国で、日本で、というのじゃなく)ろくな教師じゃありません。1970年代の終わりから30数年、日本の高校教師をやりましたが、ずっと、不真面目な教師でありました。協調性がなく決まりを守らず、勝手なプリントを使い挑発的なことばかり生徒に言い、良く殴り、たまに殴られ、まじめな生徒から呆れられてばかりいました。

 「先生、ボクは先生のためを思って言うんですが、先生、生徒からなめられてますよ」

 「それがどうした、生徒からなめられるのも教師の才能だ」

 ……よく33年も高校教師が出来たと思います。

 でもそんな歪曲した私の網膜には、教育『機関』もまた狂ったものと映っていました。クソな教育委員会、クソな校長、クソな教頭、クソな中間管理職、クソな親。文部省が、そもそもクソです。あの1997年春から夏の大事件(神戸と黒磯ね。あ、綾瀬も入るか)から半年以上が経って、「緊急アピール」を出すくらいなんだから。

 繰り返しますが、歪んでいたのは私の方だと、ちゃんと知っています。

 「あのぅ先生、前から思ってたんですけど、先生って不謹慎です」

 「うるせぇ、こんな国のこんな高校で謹慎しながら教師やった日にゃぁ、あっという間に気が狂わぁ」

 私は退職まで続かない、と私を知るみんなが言いました。私も、そりゃ五分五分だ、と思いました。

 私がおおかたの予想に反し、退職まで教師職を全うしたのは、教師の仕事なんかクソだ、と思っていたからです。一身を捧げる覚悟で仕事してたら私も多くの同僚と同様、精神のバランスを崩しています。本当に多くの同僚が心療内科のお世話になっていますが、みんなまじめな人たちです。

 はっきりと、信念に基づいて申し上げますが。

 教師なんて仕事はまじめにやったらいけません。

 不真面目にやるから、生徒も個々の教師も、なんとか平衡を保っていられるのです。

 と思って仕事をし、それを終え、中国に渡り、びっくりするような待遇を受けました。

 

 上のメールを、私はとても複雑な思いで、読みます。

 どこか、「申し訳ない」という気も、あります。

 誰に対して申し訳ないのか、更にわかりません。

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