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2014年8月 9日 (土)

ビラーゴ250でヤマハのリッターバイクを追いかける

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 私たち夫婦も、
3人の子どももみんなバイクの免許を持っております。

 5人のうち3人は免許が大型。

 89日の土曜日は、上の息子にちょこっとだけ同行。ツーリングは基本1人、と考えているので、彼の小樽~浜頓別というコースのごく一部にだけ、同行してあとは別行動。

 私の行程で言うと、朝5時に赤平を出発、6時半に浜益で息子に合流、国道231号線を北上、鬼鹿(おにしか)の鰊番屋で休憩して更に北上、苫前で彼と別れて私は239号線を右折、添牛内(そえうしない)から幌加内、深川、そして赤平、という単純な行程です。これで360キロ。赤平帰着が午後2時。

 事情があって私のバイクは現在存在しない。奥さんのビラーゴ250で息子のMT09を追いかけることに。正直、しょうしょうしんどいのでありました。(当たり前だ)

 50代の終わり、もう一人の息子の運転するVFR400Rと霧立峠へ出かけたらバトルになり、私のZX9Rは完敗だったこと、思い出しました。本日の霧立峠を私1人で越えました。なぜだか、ずーっとその当時のこと、思い出していました。思えば私も若かった。その時は「霧立だから負けた。狩勝だったら負けネェ」と内心思いましたが、もう、いかなるバイクに乗っていても息子の敵じゃないでしょう。それ以前に、息子が本気で「乗って」くれるとも、思えない。

 バイクに乗るということは。

 そのバイク、その道、その技術で出せるギリギリのスピードで常に走りたい、ということであります。乗り手にそう思わせないバイクはバイクじゃない。

 それをどう「理性で」コントロールするか、ということであります。当たり前ですが理性というものは某政党の主張のように毎日まいにち、変動します。

 そして、どう考えても、私の反射神経、運動神経、筋力は、ZX9Rに対応しない。

 でも、大人になることを拒否する私が、脳みその中に1人、がんばっている。あの、風景に突き刺さってゆくような感動はお前の人生の邪魔者になったのか、とその1人が言う。リッター・ツアラーに乗らないと見えないものがある、と主張する私が、この脳みその中にいる。

 困った、本当に困ったもんであります。

 「じゃぁハヤブサを買うか?」と言われたら、答えは決まっている。絶対に買わない。ハヤブサというバイクに乗るのに必要なのはお金じゃない、ハヤブサに乗る人生である。

 私の人生はZX9Rどまりだった。だから買わない。(ユメ玉ファンの皆様、ごめんなさい)

 でも、ハヤブサが道に落ちていたら、拾っちゃうんだろうなぁ。拾って、乗る。

 困ったもんであります。

 あれ? 今ハヤブサがそこに?

 よくよく見たら、ZZR1100でありました。よかった、よかった。(なにがだよ)

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