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2014年8月31日 (日)

バイク、それに「乗る危険」、「乗らない危険」

Gsxr1000


 厳冬期の山に登るのと、ムービーカメラを持って今のシリアに行くのと、どちらが危険なのでしょうか。

 私にはわかりません。しかし、もっと危険なことがあることは、知っています。

 そのような問いへの想像力をオフにして、安全な家に引きこもることです。

 

 バイクという乗り物があります。車輪が2つしかなく、止まると転びます。常に動いていないといけないということです。そして、この乗り物の困った点は、スピードを出せば出すほど安定する、しかし、速く走れば速く走るで別な危険性が生まれる、ということです。そこだけをとってみれば矛盾しています。

 その矛盾を、楽しみにする不合理な人間が時に存在する。

 言うまでもなく4輪の自動車よりはるかに危険です。しかしなおまだ困ったことに、このバイクという乗り物には「乗る危険」と「乗らない危険」と、矛盾した2つの「危険」が存在します。

 リターンライダーという言葉が存在する。若い頃にバイクに乗っていたが仕事や子育てなど様々な阻害要因があって降りてしまった、ある程度の年齢になって暇ができしょうしょうの小遣いもでき、昔のバイクの快感も忘れられないでまたそれを買って乗る。だいたい、40代後半~50代に多い。リターンライダーの事故率は高い。というのは若い頃の反射神経や腕力を自分では覚えていて、それが「衰えていない」と勘違いして乗ってしまうのだが、いかんせん自分では気づかない老化や劣化はすすんでいてバイクに乗っている限りつきまとう危機、パニックに即応できない、のであります。

 もう還暦に手が届こうかという男が、昔のようにバイクに乗りたいと言い出す。家族はだいたいにおいて反対する。「お父さん、もう若くはないのだから」「200キロあるんでしょ、倒れたら引き起こせないでしょう」「骨だって若い頃みたいにすぐにはくっつかないんですよ」「速く走りたいのならセルシオでもマジェスタでもいいじゃない、ABSも多方向エアバッグもついてるんだから。私はそっちのほうがずっと安心よ」……反対する理由はいくらでもあります。

 ある知人は、家族の反対を押し切って買います。押し切ったものだから意地がある。少し寒くても、雨が降っていても、無理してバイクに乗ります。

 ある知人は、家族に「隠れて」バイクを買います。バイク屋さんに年間数万円を払い置かせてもらいます。バイクに乗る時はそこまでマイカーで、あるいはタクシーで行き、終わればまた何事もなかったような顔をしてバイク屋さんに返し、タクシーで戻ってくるのです。罪の意識があるので奥さんにお土産の1つも買って。

 どちらも非常に危険です。

 しかし、もっとも危険なのは、家族に反対されたということを自分への口実に、あきらめてしまうことです。そうだよな、椅子から立ち上がるときに無意識に「どっこいしょ」なんて言ってしまうもんな、反射神経も鈍っていることが自分で分かるものな、腕力も落ちていて、息子が簡単に開けてしまうマヨネーズのふたが、この間びくともしなかったもんな。血圧だって……。視力だって……。

 あきらめる要因は無数にあります。

 人は、だんだん年老いて行くことを自覚することなんてできません。ある日突然、老いている自分を「発見」するのです。それに抵抗するか従順になるか、その人の自由です。ある場合には抵抗しないで受け入れた方がかっこいい。ジタバタとするのはかっこ悪い。一番かっこ悪いのは、「まだまだ若いもんには負けねぇ」という有名なフレーズです。たしかに、かっこ悪い。

 それでも、老いを受け入れて同化するのは危険だと、私は思う。すでに「老い」は私に追いついている。私が立ち止まるなら、老いは自分をどんどん追い越してゆく。先の方で私を待っている。そしてそれは、遠くへゆけばゆくほど、意地悪く凶暴になっている。

 バイクは、車輪が2つしかない乗り物です。止まるとコケる。安定を求めてスピードを出すとこんどはカーブが曲がれない。道はどこかで必ず曲がっているから。また、パニックにも即応できない。

 しかし、危険というなら。

 危険、そんなものパチンコ屋にも日経平均にも台所にも居間のソファにもある。バイクが楽しいのは無駄で危険だからだ。無駄で危険なものを楽しみたいという欲求を、ある人は押し殺す。「押し殺された」欲求はどこかで押し殺した本人に復讐する。かならず牙をむく。私という人間の、あるべき原形を、かえてしまう。

 

 さて。

 写真のバイク、スズキのGSX-R1000。富良野バイクショップ、プラッツさんで撮影。

 一説によれば、このバイク、一速で150キロ出るらしい。実際に出した人がいる。一速で150キロを出すのは実はかんたんです、とむちゃくちゃなことを言う。

 「難しいのはそこからスピードを落とすことです。恐怖感から急にスロットルを戻すとエンジンブレーキが利き過ぎて体が前に放り出されます。もちろん150キロから二速や三速に入れることはできません。」

 私は、で? あなたはどうしたんですか? と、聞きました。

 覚えていません、夢中でしたから、と彼は笑いました。

 夢中。

 きっとそこにはある種の「快感」があったに違いない。

 その快感だけが、老化への抵抗の源泉です。

 抵抗するなら、ということですけど。

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