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2014年8月28日 (木)

偶然にも2人の卒業生から同じ日に便りが

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 写真は、早朝の散歩中の一こまです。赤平にはたくさんの白樺が生えていますが、その林の近くを散歩する我が配偶者様です。

 

 海南師範大学の日本外教担当者は、関係者はいっしょうけんめい努力していますから、私たちを信じてお待ちください、とメールに書いてくれました。「関係者」というのは学院長、外事処(外教の世話を専門的にする部署)の日本人係の先生、そして窓口の先生(メールをくれる)のことです。

 信じて待っています。それ以外に出来ることはありません。私のパスポートは現在札幌の中国総領事館にあり、ビザのスタンプはもう押されています。あとは手渡しだけです。

 信じて待つ。しかし、家にいると、パスポートとビザのことばかり考えます。なので、できるだけ家を出るようにしています。買ったばかりの自転車で、片道1215キロほどをゆっくり走る。基本的には赤平~芦別ですけど、これだって2時間近くかかります。それ以外は本を読んでいます。この夏、日本に帰ってきてたくさんの興味深い書籍に会えましたが、「日本語が世界を平和にするこれだけの理由」に、とても心さわやかにさせられたのと、平川克美さんの「消費をやめる」を読んで「勤勉・貯蓄が美徳だった時代」から「消費が美徳である時代」への転換の意味について、あらためて考えさせられました。平川さんや私は、その両方の時代を見てきたことになります。

 

 ところで。

 そんなある日、偶然にも、黒竜江東方学院をこの6月に卒業した2人の人から、便りがありました。1人はメールで、もう1人はブログへの書き込みという形で。

 メールの1人は、蘇州の日系企業への就職が決まった、と書いてきました。9月に日本から女性管理職の着任があり、その人の専属の通訳に決まったという内容です。日本語科を出ても日本語を活かせる仕事に就ける人は非常に少なく、彼女はその仕事をゲットした選ばれた人ということになります。大変な努力家でしたから、それが報われた喜びもひとしおのようでした。

 もう一人は、現在日本の学校に留学中。私が繰り返し「ビザが下りない。ビザのことばかり考えて毎日を送っています」と書いているのに心配し、「きっと大丈夫ですから」とアドバイスしてくれました。上の蘇州・日系企業の人と同じく、非常な努力家で、私が何をするにも頼りにした人です。買い物、家電製品の修理を初めとする日常生活、荷物や手紙の日本への発送、その他その他、受けた恩を数え上げると50100もあるのでした。

 2人は、時期は違うけど私が黒竜江東方学院の1年生に授業をするにあたり、通訳業務を勤めてくれたのです。決して中国語も英語もしゃべらないで日本語の「あ、い、う、え……」から教える私の言うこと、全てを効果的に教室の面々に伝えるのですから、大変な労力です。彼女たち自身に要求された日本語のセンスは尋常ではありません。また、必然的に1年生に対する日常の生活相談、悩み相談(恋愛が多い)にも乗ることになります。彼女らは1年生から「シエジェ(学姐)」と呼ばれることになりましたが、絶え間なく飛び交うその単語は、実は響きが非常に美しいのです。日本語だと「先輩!」にあたります。

 私は、彼女らとの再会を楽しみにしています。日本で? 海南島で? 蘇州で? 再会の場所はどこかわかりませんが、引き続き体調に気を配っていれば、きっと会えるでしょう。

 

 劉さん趙さん、本当に素晴らしい便りをありがとう。あなたがたの、授業中の、通訳者としての献身を、一生私は忘れません。

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