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2014年7月 4日 (金)

「評判」は大切な財産であります、ないがしろにする損失は大きい

 ついに、ハルピンを去る日を明日に迎えています。

 早朝6時のアパート前、送りの車到着であります。早朝から空港へ付き添ってくれる鄭先生、それに2年生のチェックイン担当通訳、曲さんには本当に申し訳ない。「2年も中国にいてまだ空港チェックインに通訳が必要なのか」と言われるかも知れませんが、実は中国で買った美術品が2点、もらった美術品が1点、楽器が2点、あるのであります。預けることが、あるいは客室持ち込みが、可なのか不可なのかわからない。万が一に備えて、やっぱり通訳さんは必要なのであります。

 何度も書きましたが、ハルピンの空港は英語が通じません。小学校3年から英語の勉強をしているはずの中国なのにどうしたことか、空港のセキュリティポリスは親切だけど(外国人には)中国語しかしゃべらない、銀行窓口も同様です。ごくごくたまに、英語で対応してくれる人がいると、母国語でしゃべっているように安心します。

 多くの中国人は、実は、英語が「しゃべれる」けど「しゃべらない」と決めているのかも知れない。そんで中国語しかしゃべらない人は、こちらが百回「慢慢说」といってもしゃべるスピードなんか緩めてくれない。

 まぁそれはそれとして。

 ハルピンの2年が終了するわけであります。

 今さらながら、無理とわかってて言うのでありますが、日本の若者には、行いを正してもらいたい。

 多くの人に呼びかける気は無い、まずは近しい人に、呼びかけたい。

 中国の人は、日本はクリーンな国です、とよく言います。すみずみまで綺麗です、と言います。日本を見たことがない人が、そう言うのです。富士山、桜、寿司、棚田、などの美的鑑賞対象と同じく、日本の「まち」の綺麗さが、おおいに魅力なのであります。

 本当でしょうか。

 名前を書くことはしませんが、千葉の某駅に降り立った時、私は愕然としました。前の夜に誰かが食事会でも開いたのか、改札口前にゴミが散乱しています。上野公園では、遠くからゴミ箱に小さなゴミを投げ入れる若い人を目撃しました。それはゴミ箱に入らず、通路に転がったのですが、近くの中年女性がそれを拾い、そっと捨てました。(私がやればよかった)

 中国人がみたら、どんなに幻滅することか、と思いました。対面を気にする必要はありません、という声が聞こえてきそうですが、断じてそれは違います。「日本の国は隅々までクリーンである」という評判は、疑いもなく日本の、大切な大切な財産であると、私は思うのであります。

 同じく、「正義感」という点で。

 日本人は正義を重んじ、真面目で、何より「卑怯」を軽蔑する、という認識も、21世紀の今、この今、中国人の基本的な認識であります。

 お願いだから、中学や高校の定期考査で、カンニングなんかしないでもらいたい。多人数で少人数をいたぶる、などは卑怯の最たるもので、中国の……少なくとも学校では……およそ見聞しません。今ネット上には、いじめを止めたたために自分が複数の同級生から暴力を振るわれたという記事が載っていますが、そんなの中国人は信用しません。日本人は熱情で(この言葉は、日本で言うのと少し意味が違う)真面目で子どもにも武士道精神がしみついている、誰にでも親切である、依頼ごとを受けても中国人のようにかんたんに「没有(メイヨウ)」などと答えたりしない、まずは「イエス」と元気よくいい、それから期待に応えるための方法を真剣に考える。

 それが、中国人の基本的な認識です。本当です。中国人の多くは、一部の政治家は嫌いですが、「日本人」は大好きです。本当です。2年いた私が言うのだから間違いは無い。

 「めいわくだ、そこまでクリーンな民族があるものか、誤解は誤解で、日本人は普通にしてればいい、私は中国人の評判なんか気にしない、私らしく生きる」

 そういう人もいるかもしれない。当然かも知れない。

 しかし、誤解だったのだろうか?

 誰かが、その評判を「つくった」のだ。ある時期ある人のある態度は、間違いなく中国人を驚嘆させるものだったのだ。そしてそれは今なお、日本という資源を持たない国家の貴重な上にも貴重な「財産」だった。

 明日、私は日本に帰る。関西空港は、京都駅前は、どんな様子だろう? 今、それが気になっております。中国の人の過大なる期待と尊重の、そのいくらかはたしかに誤解かも知れない。しかし今となっては誤解でも、それを作った人の、作られた時代の、日本は、少なくとも「豊か」だったのだ。

 

 外国へ行くと誰でも愛国者となる、と藤原正彦さんは言った。私も同様であります。そして、その気持ちは終生持ち続けたい。日本の国を好きになれないと、外国だって好きになれません。

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コメント

僭越ながら、一言申し上げます。

日本の醜い実像も伝えてこその日本語教育だと思います。

言語が異なれば、その言語の影響を受けて、認識も自ずと違ってくるのです。

語彙、文法、そしてそれらの根底にある文化を、共通の認識を持たない相手に説明し、認識の違いを乗り越えられるように手助けすること。これこそが語学教師の務めではないでしょうか。
日本語に文法なんかねえょ

この言葉は、認識の違いを乗り越えて日本語を習得した人、習得しようと努力している人に対して、非常に失礼ではないでしょうか。
国語教育と日本語教育の違いをご理解いただきたく存じます。

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