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2014年6月 1日 (日)

内蒙古の煉瓦の家を見ながら考えること

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 内蒙古の平原は気が遠くなるほど広い。カメラには決して写らない。動画だったら写るかも知れません。車窓を見ながら、何度「おお海だ」と思ったことでしょう。海など有るわけがありません。草です。あまりに均一の、あまりに完璧な直線なので海に見えるのです。

 見渡す限り何もない平原ですけど、思い出したように緩やかな丘が出現することがあります。するとその丘の上には、風力発電の装置があり、あの巨大なプロペラが音も無く回っています。

 家はまるで規格でもあるかのように均一の大きさで同じ素材を使い同じ高さで建てられています。煙突の高さや配置まで同じです。奇妙にその崩れ方も均質です。同じ時期に建てられたのでしょうか。煙突から、ゆっくりと白い、薄い煙が立ち昇っています。

 土を水で練ってその泥を固め、日干しにしてから火で焼く。同じ大きさのそれを何千と作り、積み上げて家にする。ふと考えます。煉瓦を作るための火力は、どうしたのだ? 森林の木を刈るのだろうけど、薪の原料になりそうな森はどこにもない。内モンゴルの草原は何十キロも先まで見通せるけど、森も林もない。薪を、あるいは煉瓦そのものを、どこからか運ぶのだろうか。

 見る限り煉瓦を積み上げて作った家はそれほどの耐用年数とも思えません。壁が落ちています。屋根がへこんでいます、煙突がその一部を欠いています。赤い煉瓦の家の向こう、遙か遠くに、建築中のマンションが見えることがあります。もちろんある程度の戸数のある集落に限られますけど、中国は内モンゴルに限らず、どこへ行っても建築ラッシュです。

 今、煉瓦の家の中で発電用の風車の回る音を聞き壁の崩れる音を聞きながら一家のパパは「よし、5年以内にこの家をコンクリートにするぞ」と考えていることでしょう。中国の住宅は、農村部の、安いもので、日本円にして800万ほどですけど、土地の私有が認められていないので(ものすごく広い牧草地も数十年単位のリース)逆に入手は楽なのかも知れない。

 上の発言を聞き、奥さんは「あなたってすごい。頼れる~」というだろう。子どもは、「やったねパパ、明日は少年野球でホームランだ(古いねどうも)」というだろう。

 パパは、いわゆる5畜をどうやって高く売るか考えるだろう。5畜とは多い順から牛、羊、馬、山羊、それにラクダだ。ラクダはフタコブラクダで基本的には食料である。おそろしく粗食のラクダの肉がおいしく食べられるかどうか私にはわからないが、とにかくスーパーでは燻製のラクダの肉を売っている。

 5畜を高く売るためにパパは近隣の牧場主に結託を呼びかける。まったく正当なことだ。子どもと妻の信頼に応えるために何年以内に家をコンクリートにするか、決め、そしてその値段を考えると、今飼っている家畜をいくらで売らないといけないかということがわかる。

 地区の協賛党初期に理解があれば(基本的にはあるだろう)5畜の値段は上昇する。

 肉を買う都市部の人は「最近どうも牛肉の値段が高いな」というだろう。食堂の親父は価格に転嫁するがサラリーマンは給料の改善を要求する。

 現実に都市部の購買力は上昇しており、私が来てからの2年間だけで物価はゆるやかにしかしはっきりと、上がっている。一緒にご飯を食べる生徒は目の前の鶏蛋西紅柿蓋飯を指さし、「今日これは8元でしたけど、ボクが入学した時はこれを4.5元で食べたんです」という。人民元切り上げも政府は容認したから、中国経済は外需主導から内需主導へとゆるやかに切り替わっていることになる。2つのおおきな大会で習近平主席は市場決定性を強調した。それをものすごく高く評価したのはジム・ロジャーズだ。たしかに、中国協賛党のコントロールより市場の決定性の方が合理的だという主席の発言は単純に正しい。すでに世界中で中国が社会主義の国だと思っている人はいない。

 市場決定性を信頼する、それはたとえ経済成長率が7.5%を10年維持したとしても中国経済がドメスティックに引きこもることを意味しない。人民元の切り上げをどこまで容認するのか海の底のアメフラシ程度の脳みそしか持たない私は知らないのだが(今の16.4円でも実勢に見合わないという人も居る)、13億の民が「今こそ腹一杯食わせろ。世界中のニコンとキャノンを中国へ運べ」と言い出した時(それは過去の話ではない)それはことによったら20円を突破するかも知れない。世界中の資源が中国へ流れ込み消費される。もう、アメリカの人間の着る服の8割は中国製だという時代は終わる。(終わらなければいけない)これまでとは逆のことが起こる。

 中国は、「別にいいもん、それで」という。アメリカの人口の5倍を抱える国なのだ。ひとしなみに購買力が上がるなら、国内で生産される繊維製品の消費先が国内か国内かということだけだ。今なお電気の来ていない村に電気が行き渡り三輪トラックと馬の他には移動・輸送手段がないという地域に幅員6mのアスファルトの道路が出来る。それを切実に待っている人も地方もいっぱいある。そこで「内需指導」という言葉を使うなら、7.5%を10年続ける、という目標は決して空論ではないし、一部の人の言う「今年中にアメリカを抜いて世界一の経済大国に」発言も虚妄でないかも知れない。

 バラ色に見える。

 そうやってバラ色の未来を描き始めた中国にとって、少数民族の(イスラム教徒は決して中国で『少数』ではないが)主権回復の主張などは小さな事かも知れない。おめでとうございます、といってこのブログを閉じればいいのですが……。

 

 いや、単にそれだけのことであります。

 

 つづく。

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