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2014年6月24日 (火)

先生が尊敬されない国は滅びます、と藤原正彦さんは言った

 教員の質が低下しているのだそうです。

 北海道のボウフラの腸内寄生虫みたいな不良教師が2012年の331日で退職になり、日本の教員の平均点がかなり上がったはず、と思っておりましたが、ううむ、どうしたことか。

 で、誰だったか馬鹿馬鹿しいので覚えていないのでありますが、有識者? 文部省関係者? 大学の教員養成課程で免許取得を望んでいる学生に対し、資格認定までの評価、判定期間として1年をもうける、と。

 その1年がすぎて、めでたく教員免許、授与であります。

 何かの冗談かと思いました。

 誰がそんなの判定するのよ。判定って材料は何? 模擬授業でもすんの? 論文でも書かすの? 教育実習をえんえん1年間やらせる? 高野山の僧坊にでも1年間閉じ込めるのか?

 本当に馬鹿馬鹿しい。

 いつもいつも言っておりますが、教員というのは資格の名でも都道府県に採用された事実でも憲法に宣誓を行ったことでもありません。

 目の前の生徒との「関係」が教員なのであります。

 ですから、公立中学、高校に勤務していても教員じゃない人間はぎょうさんおります。自販機でタバコを買っている生徒を発見して注意し、相手生徒が「あ? おめ誰よ、何の権利があってオレに注意くれてんのよ」と言ったら、その瞬間にあなたは、教員じゃない。何者でもない。

 そういう生徒がクラスに3分の2くらいいる中学で、高校で、それでも授業をしている人がたくさんいる。そりゃ大変だし疲れる、この私だって、夜中にふとんをかぶって泣いたことがある。

 教員の質の低下?

 教員じゃないんだって。とっくに学校がもう学校じゃないし、生徒でもないんだって。

 なんで学校であろうとしていた学校が学校じゃなくなったのか、そんなこと知らない。しかし私が教員になったのは1970年後半、すでにもう、学校とは呼べない学校はあった。学校の「ふり」をしている教育(?)機関もあったが、その暗部をのぞくと、おそろしいものが見えたこともある。

 「教師は自らの被教育体験を反復する」という、恐ろしい原則(?)がある。教員は自分が受けた教育を(それを教育、と呼ぶとすればだが)忘れない。忘れないで教員になる。10年、十数年の時差をもって教員は被教育体験を心に刻みそれを反復する(できる)希望を抱きながら教室に「帰る」。この私もそうだった。しかしそこはもうむざんに、私の知る学校から1000マイルも遠くへだたっていた。私が高校生だった頃、校門の前でタバコを吸う人間はいなかったし、教師が心を込めて作ったプリントを、「ちょうどいいや」と読みもせずくしゃくしゃ丸めて汚れた机の上を拭くようなそんな人間もいなかった。私は一応は「この人の言葉に耳を傾けたら自分の人生がもしかしたら良い方に展開するかも知れない」と思って目の前の先生に接した。高校生の時代を過ごした。中原昌一郞先生、桑原章人先生、あなたのことです。で、その考えは間違ってはいなかった。

 自分が教員になって骨身に染みて知ることになる。学校は学校であることを辞めたのだ。生徒は生徒であることを辞め、親は親であることを辞めた。

 教員の質の低下?

 馬鹿も休み休み言え。努力せず高校入学が果たされ努力せず大学生になれる(助詞の「は」を「わ」としか書けないような生徒が入学する教育(?)機関も大学と呼ぶとするなら、だが)条件を作ったのはどこの誰だ。放火に窃盗に暴行にあけくれた中学生をある高校が入試で拒否したら「こういう『生徒』を高校で抱え込んでおかないと日本の治安に関わる」と言って合格させるように恫喝したのはどこの誰だ。文部省だろう、教育委員会だろう、とっくの昔に学校は学校じゃないんだよ、そんな状況をつくっておいて、教員の質の低下?

 

 そんなことをした文部省と教育委員会が、まず消えてなくなれ。

 

 藤原正彦さんは言っている。

 「教員が尊敬されない国は、滅びます。」

 もう、滅びに向かっているのだ。あるいはもう滅びたのだ。怒鳴っちゃいけない立たせちゃいけない何を言われてもニコニコしてなきゃいけない、んで目の前の生徒(とはもう呼べないが)は、少しも尊敬なんかしていない、でも自分には義務感があるからなんとか「関係」を作る努力をぎりぎり、する。

 そんな「先生」を私は深く尊敬するが、同時に胸が痛む。

 私?

 みなさんご存じですよ、私は暴力教師でした。出せるだけの声で怒鳴る、時には蹴る、学校教育法に抵触しまくりの教員免許保持者でした。なんで職場を追われなかったのか「運」としか言いようがない。ただ私は、転勤のたびに自分の思うように授業をしやすい(私は、「指導」という言葉は嫌いだ。哀願や恫喝をしたことはあるが「指導」をしたことはない)学校を得てきた、ラッキーな人間だというだけだ。暴力教師です。尼崎産業高校で国語を担当した某卒業生が北海道に遊びに来て、私を見て、「え! まだ先生!? クビになってないの?」と叫んだこともあるぜ。

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