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2014年5月 2日 (金)

世界地図を見ながら色んなことを考える

 世界地図を見ると、異常にまっすぐな国境線が、あります。

 アフリカだけを見ても、エジプト、リビア、アルジェリア、モーリタニア、マリ、ニジェール、スーダン……。

 国境線が異常にまっすぐです。

 自分たちの国が「先進」で「民主的」で「文化的」だと勘違いした西欧の人々が、引いた国境であります。

 国境がまっすぐであるということは、複雑に入り組んでバランスを保っていた民族、宗教の「境界」は無視されたということです。

 普通に考えて、それらの地域に暮らす人々は、自らの置かれた状況にいつかは気づき、自分たちの生活事情を無視して引かれた国境線に反発を覚え、それを書き換えようと思うでありましょう。言語と民族、宗教はその地で暮らす人々にとっては大切なアイデンティティの源であります。

 国境を引いた連中はその時は武力も経済力も持っていたかもしれませんが、いつか衰退します。スペインは今じゃ「私たち昔にそんなことしましたっけ?」てな顔をしているし、ポルトガルは欧州の最貧国の1つだしベルギーなんて「EUの本部と、えと……あと、ポワロ探偵の故国?」てな印象しかないし、しつこくアフリカに軍事的プレゼンスを維持しようとしているフランスやドイツも、本国自体に経済的な問題を抱え(今年の冬の暖房はどうする)、明日にも撤収するかもしれないし、アメリカだって地球的規模で勘違いをしていたということを彼我ともに明らかにさせている。中国は元気にアフリカで資源買い付けをしているが、そもそも中国には理不尽な国境線の責任がない。

 アフリカで起こることはアジアでも起こる。日本人である私にはどうも理解が難しいことがあって、それが、ちいさな国の中で、同じ言葉を話し同じように平たい顔を向けあい同じように朝夕に線香を上げて先祖にご挨拶していると、その「分断」にどう怒りを覚えるか、ということだ。その怒りや悲しみの大きさは想像することが難しい。しかしそれは、実は日本人の想像を超える非常に激烈なものなのかもしれない。私の脳みそのどこかでもう一人の私が、「想像できないって言ったって、アイヌの人々のことを忘れてはいないだろうな」と言っている。もちろん忘れてはいない。うまく想像し、可視化できないだけだ。

 私が仮にその理不尽な強制を受けたなら。

 「お前が生まれた今熊野の町は分断された。滑石街道(すべりいしかいどう)の南と北は別の国になった。政治体制も公用語も違う。映るテレビも違う。もちろん行き来はできない。」

 そう言われたら。

 たぶん許さない。その時反抗して命を落とすとしても平気だ、と思うかもしれない。反抗できなかったら、子どもに言い聞かす。「息子よ、この国境はまことに理不尽な物だ。しかしこの線を引いたやつはいつか必ず弱体化する。お前の代かお前の子どもの代かわからないが、弱体化するのは間違いない。お前は(あるいはお前の子は)すかさず武器を取り国境線の否定のために戦わないといけない。」

 その、世代横断的な「記憶」が、民族のアインディンティティそのものになるでありましょう。

 単純な話であります。

 ウクライナという国が、言語的に、宗教的に、民族的に、ごく複雑であることを私は知りませんでした。アメリカは今回、NATOのプレゼンス維持のためにウクライナを意図的に不安定化させた。その結果が何が起こったか。大国の事情のためにきわめて不安定な状態に置かれていたクリミアやドニエツクの人々が…比喩的に言うなら…本来自分たちのいるべきだった場所に戻ろうとし始めた、そういうことなのではないか、と思うのであります。

 ケリーもオバマも、どう「収拾したい」のか、できるのか、だんだんわからなくなります。すでにたくさんの血が流されました。そのムーヴメントに対し、プーチンが「やめろ」と言っても止まるわけがないでしょう。

 21世紀がどういう世紀なのか、仮説を立てても良いように思います。つまり、「先進」(いやな言葉だ)国が勝手な事情で引いた国境線が否定され、民族・宗教・言語を主体としたよりあり得べき「国境線」が、再策定される、そういうことであります。

 最後に、勇気をふるって書くとしたら。

 注国協賛党は、ラマダンを禁止し、漢民族の流入を奨励して少数民族の人口比率を下げたら、本当にシンジャン自治区をコントロールできると思ったのでしょうか。

 シンジャン自治区は地下資源の存在という意味合いからもロシアや欧州(NATO)との軍事的緩衝地帯という意味合いからも、絶対に手放すことが出来ない。ということはこれからも不安定な状態がずっと続くということだ。すでに上に書いたような世代横断的な記憶が、その敵愾心自体が、民族のアイデンティティとなりつつある、ないしもうなった、ということです。少数民族に対する経済的な「支援」はもちろん行われているが、その支援が、少数民族の存続に資するものであるかないか、人により評価は違う。(もちろん、資するわけがないと、私は思う)

 今、どっちが勝つか、それは明らかだ。腕力の強い、声の大きいものが、とりあえずは、勝つ。しかし50年後、100年後はわからない。

 

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