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2014年5月24日 (土)

意味のある仕事をしている人間は理不尽に怒らないのでは、という「仮説」

 金華カモメ様、引き続きありがとうございます。私は他人の傲慢にはよく気がつくが自分の傲慢についてはひどく鈍感な人間で、だからこそせめて言葉の上だけでも、他人との「スタンス」を表示しておきたいと考えております。私は会社員だった時も教師だった時も、決して年少者、新規着任者に向かい、呼び捨てしたり「……ちゃん」呼ばわりしたりしませんでした。エネルギーの節約、と表現できるかどうか考えたこともありませんでしたが、振り返ってみて確かにそうだったかもしれません。

 年少者、新参者に「ちゃん」呼ばわりで親しい関係性を強要する人間の中には大なり小なり「甘え」があります。それはもしかしたら日本人特有の「文脈」なのかもしれない。あらかじめ「私はあなたの先輩で年齢も上なのだから『ちゃん』呼ばわりしますがよろしいですか」などと確認を取る人間はいないわけで、それは日本人特有の古くさいコミュニケーションにおもねるという甘え、それから反抗しないに違いない目下の恭順という習慣への甘え、2重の甘えという気持ち悪さにまみれています。

 こういう人は状況が変わるとあっというまに安定を欠いて混乱します。自分自身が職場や業種を変え違う文脈の元で人間関係を作らないといけないというような場合がそうです。また、海外の人と働く、自ら海外へ行く、そういうケースです。日本というボーダーが意味を持たなくなりつつある時代、日本的文脈の中で甘えて暮らす人の世界はだんだん狭くなるわけですけど、まぁほっておくしかありません。

 しかし、そう思っている私自身、「へぇ~」という経験をすることもありました。

 ある職場にいた時、北海道の片田舎から某という人が着任しました。20台の前半、独身で、顔も体つきも少年みたいだったので、先輩の多くが彼女を男の子の名前で呼びました。仮に彼女が「純子」という名前だったとしたら、「お~い純造」と呼んだわけです。

 「純造、暑いぞ、アイスクリーム買ってこい」

 「純造、この書類を20枚コピーしろ」

 また始まったか、と思いながら、私だけはずっと彼女を本名で呼び続け、丁寧に接して参りました。もちろん敬語で接しました。「それ、私がしましょうか」と言われても「ありがとうございます、でも私のセクションの用件です」と断り続けたわけです。

 彼女は私より先に転任していなくなりましたが、転任する時、じつに意外なことを言いました。

 「ずっと、この職場で、一番怖いのが中さんだった」

 へ?

 今なお、彼女のこの発言は、謎であります。

 

 さて、匿名様の悩みは本当に深いと思います。同様の悩みを抱えて仕事をされる方は、大変に多いことでしょう。日本という国は時としてイナカの、土着の風俗を呈するものなのだなぁと、驚かざるを得ません。

 私は、匿名様の悩みにコメントする見識も経験も資格も思考能力も、完璧にありません。そのような上司の下で仕事をしたという経験もありません。

 単なる感想だ、と思ってお聞きください。

 怒鳴る上司、理不尽な要求を繰り出す上司が破滅している人間関係に客観性を持ち決して自ら気づけないという不幸に見舞われているということはまず論を待たないわけですけど、仕事そのものが、基本的にくだらない、ということはありませんか?

 眼前のプロジェクトに社運が掛かっているような『実質的意味』がある場合には、上司は怒鳴らないと思います。売り上げを20%増やさないと会社が倒れるという時に怒鳴るのは効率から言って無駄に違いないのですから(怒鳴ることで売り上げが増えるとは思えないから)すでにその会社は倒れていることになります。

 怒鳴るのはセクションとしても会社全体としても、非常に非効率です。具体的に何をどうするべきなのか、上司というのは丁寧に説明を果たす責務を負っているわけですから、彼氏の抱えるプロジェクト自体に意味が無い、そういうことになります、違いますか?

 理不尽な怒り方をすることで達成されることは何もありません。つまり達成すべき事が「与えられてない」のです。怒鳴る人間の主張は一つしかありません。「俺を尊敬しろ」それだけです。そしてそういう主張がわいて出てくるのは、尊敬されていないから、です。ごくごく単純な話です。

 私は、12人しか、能力の無い上司に接した経験がありませんが、どうせ一生の関係ではないのだと割り切り、「はいはい、どうしたらいいですか」と、ものすごく丁寧に、恭順の態度で接しました。怒られたら、「おっしゃった通りにやったつもりなんですけど、ダメですか? もう一度教えていただけませんか?」と、ごくごく下手に出ました。心の中では、「お前の言うようにやっても売れるわけネェだろ」と思っていましたけど。

 しかしそういう「上司」も、一大事と言える仕事を持った時には急変し、「みんな協力してくれ、実は……」という態度に出たものです。いつもは、それが、ない、という「不幸」に思いをいたし、私はひそかに両手を合わせて合掌のポーズを取ったものでありました。

 え? それって俺のことか?

 違いますよ西○さん、あなたのことと違いますってば。

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コメント

ありがとうございます。
とても、興味深く拝見させて頂きました。
思い当たる節もあり、共感出来たことがホッと安心になりました。

自分を悲観しすぎだとも思えるように。。
そもそも私は学生時代から、不真面目不努力の限りを尽くした人間です。
ぬるま湯に頭のてっぺんまで浸かっていたような者には熱湯の柄杓を四方八方から打っていただくぐらいがいいのでしょう。
私という真の怠け者を正してくれる金の柄杓が真上にあることに感謝の心をもつ。
考え方のシフトチェンジをしてみることも悩み事の快方に向かうのでは。とも思います。

素敵なコメントを、いただけたことに改めて感謝申し上げます。

前文である某さんの記事もとても面白かったです。
このブログを読む事が私の楽しみです。
これからも素敵なブログを心より楽しみにしています。

読み返すと少し優等生すぎる文章だったので訂正を。
文章に皮肉を込めたかったのですが、まるでそこがなかったです。
反面教師にして、ノーフューチャーです。モチロン。
『俺を尊敬しろ』という一文。
まさにまさに。コレなんですよ。。

もっと思った文章が書けるようになりたいものです。
いえいえ、読み返して修正すればよかったんですね笑

それでは何度もお邪魔しました。

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