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2014年5月19日 (月)

ハチャメチャの『功』と『罪』について考える

 複数の方々からお褒めの言葉をいただきました。「はちゃめちゃ」もそうだと思います。金華カモメ様、お久しぶりです。ありがとうございます。金華カモメさんからコメントはいただくのに、こっちからはどうしても記事に感想を述べることが出来ません。不思議というか申し訳ないというか。

 八王子では、できるだけ平常心をと心がけておりました。楽しい毎日が続くと、どうしてもはしゃいで失敗します。多くの迷惑をかけてしまいます。抑制したつもりでした。あんなに楽しい2週間はこれからもうないかもしれません。

 それはそれとして。

 ハチャメチャの功罪。

 『功』があるわけありませんが、一方、たいして『罪』ではないとしたら、それはたぶん私が何の責任も負わずにこの世に生きてきたからでしょう。せいぜい、3人の子どもの父、としての責任ぐらいでした。それも、振り返れば最後の子どもが成人すると同時に終わりました。2008年のことでございます。それまでも、学年主任とか『生徒』『指導部』『長』とかいうのは本当に嫌でした。まぁ年齢的には、それでもやらないといけません。『生徒』を『恫喝』し『束縛』し『哀願』の対象とすることはあっても、『指導』出来るとは思っていないので、そんな人間が書類上ではあっても『長』であることでずいぶん苦労された方がいらっしゃる、そのことは認識しております。

 ううう~新☆☆先生ごめんなさい、平※先生、ごめんなさい。

 私は、頭のいい人が一生懸命誠実に何かを考えることが果たして全面的に最大多数の人の幸福に結びつくのかどうか、疑問も持っております。

 1995117日の午後には、早くも鉄骨とセメントの株価が急騰しました。私はそういう頭の使い方をする人が本当に嫌いで、自分は絶対にそういうことをするまい、と思っていました。だから、つい文句を言ったことがありました。相手の返答。

 「でも先生、私らみたいな人間が、この国の経済的発展を作ってきたんです」

 瞬間、じゃぁ私のこの物質的幸福も間違った営為に基づくものだったのだ、と思いました。

 この金を、1億から2億へと増やすためにはどうするか、一心に考え続ける人がいて、その人が日本を経済的に富ませた。

 私は、株のことなんか頭にも目にも入らないで、ただただ瓦礫の下で苦しみ続ける神戸の人に思いをいたすべきだろうと思ったし、今も思っています。そういう人間ばかりだったら日本は豊かにならないのだとしたら、貧乏結構、大結構であります。

 今、なかにし礼さん著『赤い月』を読んでおります。日本の国を豊かにしよう、子孫に繁栄を与えようと、本当に多くの人が中国北部を目指した。それらの人が誠実で頭が良く隣人思い家族思いであったことは論を待たない。でも、その結果、何がどうなったのか。中国の人はどういう目に遭ったのか。1945年の夏に起こったことは、なんだったのか。

 でもそうやって日本は豊かになってきたではないか、とある人は言う。

 頭のいい人が一心に考えて真面目に努力をしたために起きた不幸も、いっぽうにはある。人類が予定より早く滅亡するとしたらそれは明らかに頭の悪い人の仕事ではなく、いい人の仕事の結果だ。悪がしでかす悪は、所詮ちっぽけなものにすぎない。善がしでかす悪や殺人は、時に取り返しの付かない人類的不幸を招来したではありませんか。そのごくごく卑しい例が、震災のニュースを見ながら株を買いに入った頭のいい人の営為だと思う。

 だったら、馬鹿で貧乏でいいじゃないか、と思う。

 

 以上、本日のハチャメチャでした。

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コメント

もちろん、褒めております。既成のあれこれのよしあしをめぐる観念に関係なく、書かれ、行動されているそのハチャメチャに敬意を表します。そのためのエネルギーを普段は節約されているのでありましょう。たぶん。ただ、人をバカと決め付けるのはいかがなものでしょうか。あいつはバカだと思ったとき、わたくしの場合は、たいていそのあとでオレもバカだと思い知らされます。でもやっぱり思い出すと、働いているとき、やっぱりアホバカマヌケが多かったです。よくそんな現場で35年も耐えたものだと思います。ひょっとしたら学校という職場はバカの量産地なのかもしれません。きっと私もそのバカの一員であったのでしょう。そんなことを中さんのブログを読んでおもいました。わけのわかないことをグダグダ書いて失礼しました。

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