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2014年4月26日 (土)

病気の自慢

 足のつま先から髪の毛一本まで(あ、スキンヘッドだ、髪の毛ないや)だいたい私の所有物というのは情けないものばかりなのですけど、たった1つ、自慢できるものがございます。

 それは、病気だ。

 作者の名前は忘れたけど、「ナイトメア」という小説(ゲームでも漫画でもなくて小説)に感動してから、それ系の解説書を何冊か読みましたが、ある書籍のあるページを読みながら、はたと膝を打ちました。その時手に持っていたのが巨大なモーニングカップだったので、熱い思いをいたしました。

 私は、病気の持ち主だ。病名は、「双極性障害」だ。(おぉ、私のATOKはこの単語を一発変換)

 軽い躁状態が続き、途中、ごく短期に軽い鬱状態が交錯する。で、また躁に戻る。

 記憶をたどると、私に鬱状態が訪れたのは22才か23才の時だ。偶然その状態で町を歩いているところを見た下の姉が(彼女は若い頃大変な美人だった)「あんな歩き方をしていたのでは幸運の方でどんどん逃げていく。とにかく心配」と言ってくれました。すぐにまた軽い躁状態に戻り、今に至っております。

 書籍にあった、双極性障害の症状に、ぴたりぴたりと、あてはまります。

 まず、買い物であります。安い小間物を見ると、なんでも買いたくなる。私の場合は楽器と、それからクロームメッキされた工具であります。20123月退職して、6畳の部屋を完全に空っぽにしてそこを工具の置き場にしたら、びっしり埋まった。コンクリートにボルトを立てるような工具まである。誰が何のために使うのかと思う。でもあるので無駄にしてはと思い家の周りにあちこち穴を開けて回る。

 病気だ。

 工具はまぁいいが、楽器の収集癖には困ったものであります。オーボエやフルートなんて、ドレミファしか吹けないのにいっぱいある。オーボエのリードなんて200ほどあって死ぬまでに絶対使い切れない。ベースはウッドからアップライトからフェンダーUSA4弦からなんとかいうメーカーの6弦まで、自分でも台数がわからないほどある。で、弾けるかというと弾けない。ギターは12弦と6弦がこれも複数。ちなみにディーンの12弦は(実は韓国製)到着まで半年待ったが、異常に美しい。

 一番ちゃんと弾けるのがピアノだけど、でも得意ナンバーが「ぶんぶんぶん蜂が飛ぶ」だったりする。(それでも歌志内在住の先生は褒めてくれる)忘れてたけどバイオリンは3台ある。楽器屋さんから「☆☆が入荷しましたよ」なんて電話が入ると、もういけない。その3台で何か違いがあるかというと、ない。

 病気だ。

 でもこの病気に悩む(悩む人もいるのだ)人の中には、気が大きくなって毎日2億円ずつ株を買ったという人がいる。私はそこまでじゃない。2億の投資を毎日……。家族は大変かもしれないが、私は楽しそうだと思う。私自身は、日本スピンドルと田辺三菱製薬以外の株はぜったいに買わないと決めている。(あ、やっぱり買うんだ。2億じゃないけど)

 毎日2億投資するのはさすがに重い双極性障害だが、その株が「上がったら」と思うと、愉快だ。とはいえ、双極性障害とは、脳内に快楽物質が過剰に分泌される時期と枯渇する時期が交互に訪れる病気だから、枯渇の時期に自分がしでかした2億の投資を思い出して彼は激しく落ち込むかもしれない。私は後悔したことがないが、それは2億の株じゃなくて9980円のインパクトドライバだからだ。

 私の病気だが、買い物だけじゃない、乗り物と、免許にも執着する。「公道を走れるゴーカートがあるんですが」と言われるともういけない。錆びて土に返りそうなジープを見るともういけない。(修理に160万掛かった)「このバイクですけど、139馬力もあって乗りこなせないんですよ、中さんどうですか」と言われるともういけない。139頭の馬に引っ張られる自分を想像するのだ。典型的な双極性障害だ。このバイクは実際に速かった。免許。除雪のお手伝いをしようと思って重機の免許をとった。一度も運転しない。ボート買って小笠原まで行こうと思い、海技免許を外洋航海に対応する1級にした。免許はまだ失効していないが小笠原までいくなら最低でも☆千万のボート、と言われていまだに買わない。狩猟免許とライフルの所持許可を取った。これには11年かかった。11年もかけたのに、定期的に警察に出頭しないといけないのと、精神鑑定があるのと(自信がない)中国暮らしを始めたので、免許とライフルは返納した。「もったいない」という人はいたが、3009の弾がバレルを離れる時の衝撃は腕と頬がちゃんと記憶しているので、後悔はしていない。旭川のJAF事務所に「ちはー」と顔を出したら、国内レースの際にチェッカーフラッグを振るための免許の講習会をやっていたので、急遽受講した。もちろんそれから5年、一度もチェッカーフラッグ振らないまま、免許は失効した。

 どれもこれも、ものすごく楽しかった。だんだん歳をとって、病気そのものが軟着陸していきそうな気がする。物理的に肉体がその病気を受け入れない。たとえば公道を走れるゴーカートの横Gはものすごく、私の腹筋はそれを支えない。馬力のあるバイクは車重もそれなりにある。250キロのバイクが湿地に横倒しになったら1人の腕力で起こすのは大変だ。

 ここまで書いてきて、「配偶者は大変だったろう」と思う。家中を工具と楽器で埋め尽くす私を、彼女が叱ったかというと叱らない。そのために自分自身は服も買えなかったはずだが、ついに文句を言わない。偉いなと思う。そしてこの病気は、ありがたいことに、じつにじつにありがたいことに、遺伝しない。私1代で終わりだ。子ども3人は、それなりに堅実な暮らしをしている。

 金は残らなかったが、楽しく暮らせた。将来、23才の時のような軽い鬱がやってくるのかと思う時もあるが、今の私は23歳の時のようにセンシティブじゃない。乗り切れないわけがないと思う。ただ、双極性障害の人の中には振幅の大きい人もいる。躁状態の時にしでかしたことを絶対に忘れないで後悔する人もいるらしい。たしかに、それが結婚の申し込みだったりすると、婚約不履行で裁判沙汰になる。実際にそういう失敗をする人がいる。法律に抵触するのはさすがにまずい。

 だから、この病気を治す薬がちゃんとある。一部の人にはもっともだが、私自身は、なんで治すものかとと思う。こんなに楽しいのに。

 あ、今、配偶者の「あなたはね」という声が聞こえた。

 ごめんなさい、少し反省しました。

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