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2014年4月 7日 (月)

中国語を最初に教えてくれたTさんとついにお別れ

 

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 間もなく日本へ行ってしまう
4年生、Tさん。
 
チェーン店「東方餃子」で、中国には珍しい焼き餃子を食べながらこれまでのこと、これからのこと、話し合いました。彼女と私とは特別な関係で、そもそも中国入りして「これはいくら?」も言えなかった私に、1から、それこと「我叫」から教えてくれたのが彼女です。それも貴重な自分の時間を割いて、自分で書店へ出かけてテキストを選び、厳寒の日も大雪の日もアパートの4階まで来てくれたのが彼女です。
 
 「もう会えなくなるんですねぇ」と私。じーんとするな、という方が無理です。
 
 「日本で会えるじゃないですか」と、Tさん。
 
 餃子は、すばらしく美味でありました。中国では、友人同士が再会の日に麺類を食べ、別れの前に餃子を食べる、という風習があります。
 
 「日本の大学では哲学を勉強します、それについてどう思いますか?」とTさん。
 
 即座に私は、「役に立たない。就職の際のアピール材料にならない。しち面倒くさい、難しいことを考える割には『実業』から最も遠い。なくても誰も困らない学問だ。」と返答しました。
 
 「だから私は、学部では哲学を勉強したけど、卒業後また大学に舞い戻って国文学を勉強した。そうやって国語科の教員免許を取った。そうでないと生きられないことを悟ったんだ。」と、正直に打ち明けました。
 
 「しかし、意味のない、役に立たないことを研究するのは実のところものすごく贅沢なことだ。世界中の人がいっしょうけんめい『役に立つこと』を考えている。どうやったらお金がもうかるか、どうやったら高いビルが建つか、どうやったら戦争に勝つか、どうやったら世界中の人に『お前は偉い』と言ってもらえるか、そればかり考えている。そんな時に、神はいるのかとか、いるとしたらその神はなぜ、人間に、喜びや愛や達成感という良い感情とともに、絶望や恨みや閉塞感という負の感情を与えたのかみたいな、なんの役にも立たないことを朝から晩までいっしょうけんめい考える、それは実はものすごく贅沢なことだ。そして人生の楽しみというのは実は『役に立たないこと』の中に潜んでいる。」
 
 勉強するなら哲学、とかたく決めている彼女です。嘘を言ってはいけない、と思いました。
 
 「あなたは楽しく暮らすことができる。考えるのは楽しいことだ、でも、お金はもうからない。友達も、そんなたくさんはできない。できても、すこし変わった人だと思われる。私がそうであるように。」
 
 ここで彼女は、私が「ぐっ」とくる、絶妙の褒め言葉を言ってくれました。
 
 彼女の、日本での暮らしが実り多いものであることを心から祈ります。
 
 一度彼女は、大学を卒業したら外交というか、中国と外国との関係の改善に貢献したい、と言ったことがありました。
 
 すでに彼女はごく良質の、「外交」要員であります。


 

 

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