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2014年4月 9日 (水)

毒を吐けば苦しむのは敵だけとは限らない

 中国に来てから、すべてが快調だった、すべての人が親切だった、と私は書いて参りました。基本的にそれは事実通りでありますが、ごくごくわずかながら不愉快なこともあったことも、報告しないといけないと思います。

 あるタクシーの運転手が、「今日は雨だから日本人だけ料金は5倍だ」と言ったのは事実であります。その瞬間、じゃぁいらねぇ、と言って飛び降りれば良かったのですが、残念ながらその時私は一人ではなかったのであります。

 ある日、114番のバスの中で、いつになく空いているのを幸い、同行の3年生と私は中国語の勉強をしておりました。「先生、『おはよう』を言ってみてください」私「早上好」「そうですね、それじゃ『あなたの作る料理はとてもおいしそうです』は?」「您做的菜看起来好吃」……しょうしょう、私は調子に乗りすぎていたようです。

 バスの車内どこかから、「小日本」というおそろしく古いステレオタイプな侮辱が2度、聞こえました。私も3年生も黙り込みました。3年生は黙るだけではなく、私を守るように座席に覆い被さるようにしました。やがて、その声の主と私の目が合いました。私は「やぁ」という感じで笑いかけましたが、おじさんは怖~い目で私をにらみ、次のバス停で降りていきました。

 「小日本」という侮辱で傷ついたのは私ではなく中国人大学生であったことを、おじさんは知ることがないだろう、と思いました。

 生徒と一緒に、DVD屋さんを訪問したとき。店主のおじさんに私が「いくら?」と聞くと、「5元ね」という返答が返って参りました。生徒がええっと驚き、おじさんに質問します。「私たち学生が買う時は4元なのに、どうして1元高いの?」おじさんの返答は、「知らないのか、日本人は731部隊でひどいことをしたじゃないか」だったそうです。

 この時も、生徒さんはおおいに傷つきました。自分自身が1週間後、日本留学を控えていたからであります。

 反日的言動、行動で傷つくのは、日本人の場合より、中国人において、よりシビアなのではないか、と思いました。私は、この時の生徒さんから「いいんですかあんなこと言われて」と質問されたので、「おじさんの中で日本人に対する怒りがあり、それが1元高く取ることでいくらか解消されるならそれでいいじゃないですか」とすまして答えましたが、生徒さんは絶対に納得できないようでした。

 ハルピンの市民はそのほとんどが友好的で、めったに日本人だからと言って「あんたには売らない」とか言いません。めったに、じゃなくて絶対に言いません。しかし、70年前の蛮行を忘れたわけでは、もちろんありません。だからこそ、調子に乗ると不愉快な思いを、自分で招いてしまいます。さらに困ったことには、その「不愉快」をより多く感じるのは、私じゃなく中国人の生徒、日本語を一心に勉強している学生かもしれないのであります。

 私は、相当に右翼的な、国粋主義的な人間でありますから、「謝罪はもういいじゃないか」と思っています。私に向かって「小日本」と言ったおじさんは、上海に2つある空港のうち、浦東空港がどこの国の資金で造られたか、知らないでしょう。日本人に対してだけ、1元高くDVDを売るおじさんは、1989年の北京での不幸な事件で中国がG7(当時)からひどい制裁を受けた時、その制裁を解除するべくG7に働きかけ経済制裁後のダメージから立ち直るための資金として6000億円という資金を貸与したのがどこの国だったか、知ることはないでしょう。多くの人が、「日本は反省しない、ドイツは反省して偉い」と思っている。しかし、中国のメディアは、今この瞬間にアフリカにおいてそのドイツが自国の兵力を派兵増強中であることを絶対に報道しない。自国民は知らないと思うから、中国の政治家は臆面もなく「ドイツは偉い。それに引き替え日本は……」と言える。

 無知を放置しあるいは作り出し権力の延命に役立てる、そういう人を見ると、吐き気がする。私は吐けばすむ。しかし、これから60年以上を生きないといけない若者は私のように吐いて終わりにすることができない。自分なりの納得のために考えないといけない、苦しまないといけない。

 毒を作ると、ときにその毒は、敵でなく身内を、苦しめるのであります。

……

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