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2014年4月27日 (日)

鉄橋見学の日に「愛の永続」について考える

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 いつもいつも、書籍、ガイド、地図でハルピンのことを、中国のことを、研究されているI先生の案内先導で、松花江にかかる鉄橋を見学して参りました。

 日本が、長崎から石工を呼び、その他の技術者と資本を送り込み、「100年持続する鉄橋を」めざし、1900年に着工させたものであります。

 長崎の石工さんの地術はすばらしく、度重なる川の氾濫に耐え、戦乱に耐え、何より100年を超える風雪に耐え、今も立派に列車を通過させる全長1キロの鉄橋として、ここハルピンの松花江にかかっております。100年にわたり、長春からチチハルへ、そして満州里へあるいは黒河へぬける要地として機能していました。

 まぢかでみるとそれはすばらしいものでありました。とても1900年の着工とは思えない。しかしさすがに橋そのものじゃなくその上に掛かる鉄道が、老朽化してきたのか、中国当局は昨年の終わり、この鉄橋の、鉄道線路としての使用をやめました。すぐ東側に別の橋を造っています。日本人が造ったこの橋は、新しく観光資源として機能し始めました。鉄道線路脇に、狭いけど人間が歩いて通行できる鉄板の道があり、人々はそこを歩いて渡りまた徒歩で戻ってくるのであります。片道1キロですけど、松花江を見下ろしながら歩けばすぐであります。

 大変に見事な橋脚でありますから、歴史的な事実をプレートにして掲示してもよさそうなものでありますが、そんなものはどこにもありません。何の説明もありません。橋の両側に、有事の際に橋を守るためのトーチカがあり、それはロシアが造ったものでありますから、橋そのものもロシア人が造ったものと勘違いしている中国人がいるそうであります。まぁ無理ありません。

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 さて。

 結構若い人が訪れているらしく、落書きが多いのであります。それも判で押したように、「☆☆は※※のことを永遠に愛している」というものであります。ホワイトの色と太さが均質でありますから、きっと落書きにはこれを使う、というアイテムがあるのでしょう。ある箇所にはびっしりと落書きがあり、中にはハングルのもあります。日本語で書かれたものはなかった。

 もう数年生きれば、永続する愛などないことが、彼らにもわかるでありましょう。

 永続する愛など宇宙のどこにも、ない。

 永続する愛が万が一あったら、それ自体が恐怖であります。「永続しない」と分かっているから、今、今日のこの瞬間、君はいっしょうけんめい彼女を愛しているのだ。

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