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2014年4月11日 (金)

風の丘を越えて

 韓国にはすばらしい映画作品が多く、名優もたくさんいます。アクションスターばかりが注目されているようですが、地味な役者の中にも、名優はいます。思えば小栗康平の名作「眠る男」も主演は韓国の男優でした。

 いっぽう女性と言えば。

 昔有名になった映画ですけど、「風の丘を越えて」があります。私は今でもこれを時々観ます。

 名優、オ・ジョンヘ。その、憂いを帯びた(というか、「憂い」しかない)美しさはどうだ。

 父に盲目にされたあと、彼女は雪深い寒村でひとり暮らしをし、時折歌を歌ってわずかな金をもらう、そんな惨めな生活をしています。弟が、苦労して会いに来る。オ・ジョンヘは、自分に会いに来たのが実の弟だと知りません。「お聞きいただけるほどの声でもありませんが」と謙遜しながら、すばらしい声で歌い始めます。みすぼらしい家屋、うらさびれた寒村の風景に、その声はどこまでもどこまでも広がってゆく。風景を圧して彼女の声は響き、不思議な、悲しみとあきらめの深く深く刻まれた旋律が、映画を見終わっても長く記憶から去らないのです。

 さて、今、かつてないほど、韓国を嫌いな人が増えているようです。竹島の帰属問題や大統領の外交、仏像を返す返さないということから、今また、四国の霊場に貼られたハングル語の案内を非難し撤去を呼びかける張り紙が? ネット上は民主的な、誰でもが意見を陳述できる場ですから、最低限のルールを守り続ける限りそれは自由なのでしょうが、政治が解決するべきこと、政治でしか解決できないことは私の映画鑑賞(芸術鑑賞)とは別だ、とずっと思ってきました。韓国の(あるいはほかの、特定のある国の)すべてが嫌いだ、と言ってしまうと、住んでいる世界が狭くなります。それはとても残念なことです。

 そこで中国のことも考えます。

 石原が迷惑な発言を行い民主党政権が南の島を国有化したちょうどその頃に中国に来ました。生徒は、「大学の門を一歩出たら日本語は絶対に話さないでください」と私に厳命しました。そんな中、彼らの勉強態度は非常に熱心でした。私は、中国の政府のあるセクションから、全国の書店に対し、一時的に日本人作家の書籍を撤去せよ、という「指示」があったことを知っています。しかし私の知る限り市内のどの書店も(露天の書店を含めて)、村上春樹や川端康成の書籍を撤去したりしませんでした。莫言さんがノーベル賞を取った時も、生徒から「村上春樹さんでなくて残念でした」というメールが来ました。彼は村上作品は全部読んでいるのです。

 少なくとも中国の大学生においては政治と文化交流は別なのだ、そう思うと安心できました。

 我が日本の「普通の人々」はどうなのでしょうか?

 対韓国、で。対中国で。

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