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2014年3月 9日 (日)

長く根気よく中国語を教えてくれたTさんとの再会

 4年生のTさんと再会しました。

 彼女は私がこの国に来た時、最初に中国語を教えてくれた恩人です。

 なんと自分のお金でテキストを買ってくれ、貴重な自分の時間を割いて水曜日の午後3時間(!)も私(と、のちには私の奥さん)に熱心に中国語を教えてくれました。それこそ、「ウォ」「ニィ」のレベルから、ごくごく根気よくです。私は33年間高校の国語教員だったけど、彼女のようにはとてもできない。途中で怒り出して、「あぁめんどくさい、なんでそんなに覚えがわるいんだよ、だから年寄りはヤだよ、カネ払ってどっかの語学学校に入んな」と突き放すところだ。

 彼女は、そうしませんでした。

 今、私が、たとえば八百屋さんの主人から、

 「日本人、しばらく見なかったねぇ。いつ帰って来たんだい?」と聞かれ、

 「214日ですよ」

 「日本はどうだったい?」

 「日本には帰らなかったんです。海南島と武漢にいたんですよ。帰ってきたらハルピンがあんまり寒いんでびっくりしましたよ」などと会話できるのは、彼女のおかげです。

 中国に来て忘れられない「ひと」はたくさんいます。4人にわたって代わることになった1年生のための通訳さん、旅行の道案内を勤めてくれたひと、……。

 言葉を教えてくれたTさんも、この先ずっと私は忘れることがないでしょう。中国人はだいたいにおいてそうだけど、質素で謙虚です。13時間を何ヶ月もずっと教えてくれたけど、お礼を一切、受け取ってくれませんでした。それこそ、ミカン1個、受け取らないのであります。

 再会、と私が言うのは、彼女は4年生でずっと留学準備のために故郷に帰っていたからです。彼女が住む虎林ではパスポートやビザはとれず、省都であるハルピンまで出てこないといけないのでした。彼女は48日から日本の京都に住みます。その留学生活が実り多いものであることを心から祈ります。

 あんまり嬉しかったので、大好きな凱徳広場でお昼ご飯をたべることにしました。いわば優秀な通訳さんがいるわけですから、気になっていた日本へのEMS物件の発送とか、その他もろもろの仕事をこなしました。

 日本に3年ほど留学したら、そのあとは? 質問すると、彼女は遠慮がちに「外交に関係する仕事につけたら」と言いました。

 既に彼女は、立派に「外交」の仕事をしている、と私は思いました。

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