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2014年3月 4日 (火)

授業始まりました、助教さんの不在で困りましたが……

 授業がやっと始まりました。33日は1年生全員の元気な顔を見ることができました。

 私「私は、冬休みは、海南島で、すごしました。皆さんは、冬休みと春節はどのように過ごしましたか?」

 大連の王くん「先生その『過ごす』ってどういう意味ですか?」

 私「んん~と」

 すると、私が答えるより早く、辞書を引いた瀋陽の張さんが「中国語の『度過ドゥオグオ』だよ」と教えます。

 王くん「わかりました。僕は、父の仕事を手伝って、すごします。」

 阜新の姜さん「過去だから、『過ごしました』だよ。」

 いつもの気持ちの良いやりとりであります。

 さて、困ったことがあります。

 助教さんがいないのであります。

 去年までの助教さん、リュウさんは、就職のために大学を離れました。お互いにずいぶん名残惜しかったのですが、就職では仕方ありません。大学から2000元を支給されての通訳業務でしたが、その2000元さえも行事や大気汚染などの休講で授業がなくなると、その分カットされます。なのにいわば給与外の早朝自習とか夜自習とかに出てきてくれる、すばらしく協力的・献身的な最上級生でした。彼女の不在で困り果てました。大学の教務担当者に、「助教さんのことどうしましょう」と聞いてみても、「あぁ劉さんいないんですねぇ。どうしましょうか。何か先生良い考えありませんか?」という、予想された答えが。担当者の先生は、「授業が空いている日本語科の中国人教師が先生の授業に交代で入ることにしますか」とも提案してくれたのですが、毎回違う先生が来るというのは私としても嫌です。

 3年生に頼んでみることにしました。食事をしながら、「劉さんの代わりをやってくれない?」と2人の成績優良者に言ってみたのですが、即答で「二人で相談しながら、授業が空いている方が行きます」ということでした。

 早速、私の言うことを彼女が通訳してくれ、授業が始まりました。昨年の劉さんに劣らない、素晴らしく的確な仕事でした。1年生もおおいに信頼し、授業が終わっても数名の生徒が彼女のところに質問にやってきました。まずは良い滑り出しであったわけです。

 ところが、謝礼を、頑として受け取ってくれません。ごくごく僅かなお礼なのですけど、「これも私の日本語の勉強です」と言って、あくまでボランティアでの業務を主張。中国の人がこう言うと、なかなか引き下がってくれません。いったん「いりません」というと、その意思を翻してもらうのは本当にむつかしいことです。

 彼女たちも、自分の授業があり宿題はありテストはあり、大変なのですが……。

 結局、「週末にどっかのレストランで食事でもご馳走させてください」ということになり、それなら、ということで了承してくれました。

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