« 修学旅行とPTAについて考える、伝統について考える | トップページ | 海南島情話(1)しゃべる椰子の実のこと »

2014年2月 2日 (日)

私が受けた「教育」が間違っていたなんて思わない

 日本が好きになれない人間には、外国の事も好きになれない、と固く信じております。

 海外で会った人はごくごく少数ですけど、日本がヤだからこの国に来ました、と言う人には、1人だって会ったこと、ありません。個々に見れば問題はあるのでしょうけど、問題無しに近代化を達成した国などありません。

 50年スパンで見れば日本の人口問題なんか解消するという学者もいるし、国内に資源がないなら今までのようにせっせと働いて市場価格で中東やロシアから買えばいいのだという人もいます。1930年代には軍国主義の跋扈が終戦後しばらくは環境破壊と周辺国との摩擦が1980年代には閉塞と「共同体」の消滅による一時的な価値観の混乱があったのかもしれないけど、なんの問題もない近代国家などどこを探してもあるはずがないしあれば「問題がない」という価値観と問題意識の内向が「問題」じゃないですか。

 1951年に生まれました。小学校の頃からずっと、「平和」教育を受けた、と私は思っています。国際連盟を脱退して議場から退出する松岡の姿は「いまわしいもの」として受け止められ、私たちは戦争をしない憲法を持っていることを誇りに思いました。歴史のある時期、明確に「間違ったことをした」という教育を、たしかに受けております。今になってみれば武装解除の準備を完了させていた日本軍にそれでも砲を放ち北方領土を奪い去り大量の人々を厳寒のロシアで惨死させた旧ソビエトは「間違ったことをした」と思えるのですが当時そのような「養育」は皆無だった。それどころか、私が小学校・中学校に通っていた頃、原子爆弾のことだっていくらかは日本の側の戦争遂行姿勢に問題があった、と教えられたのではないか。「安らかにお眠りください、過ちは繰り返しませぬから」の主語は誰なのか、私はわからない。本当にわからない。でも昔々は、主語は「日本人」だと、はっきり思っていた。

 そのような「平和教育」を受けた世代である。

 戦争犯罪を告発する団体があって資金援助を求めたらごくごくささやかながら応じる気持ちがある。旧日本軍が非戦闘員に対して行った非道に対する謝罪の気持ちは私の中にある。基本的に私の受けた教育が間違っていたとは(失敗していたとは)思えない。

 いやいや、「日本の戦後教育は失敗した」という某国要人は、個々の日本人がどうかなんて考えていないのだろう、ひとえにそれは政治的必要性からなされた批判なのだろう、そんなことわかっていてそれでも私には違和感がある。その批判を行う某国はもしかして日本に戦争をさせたいのではないか? 外国からいわれなき批判を受ければ受けるほど個人のナショナリズムは強くなる。素直に反省の気持ちを持っていた私でさえ、「それは違うのではないか」という気持ちを強める。オジンじゃない若い人のほうがもっとビビッドに反応する。結果的にその気持ちは靖国神社参拝を容認する方向に傾く。違うのだろうか。昔々、私が10代の終わり頃だけど、再軍備論者というと蛇蝎の如く嫌われた。軽蔑され排撃された。今はどうか? 逆の思想的なムーヴメントのほうが支配的じゃないか? 

 日本人を、特に若者を、好戦的にしているのはいったい誰なのか、と思う。そのことで得をするのは誰なのか、と真剣に考える。結果的に安倍への支持が高まるのは間違いない。この1月、靖国神社への参拝者数が昨年の170%だったという報道は本当なのだろうか。誰が誘導したのか。メディアだろう。しかしそれに某国ともう少し経済規模の小さな某国2は、どのような材料を提供したのか? 某国2の女性首班のやっていることはたしかに惨めで滑稽だが、その報道が日本人をどういう国家意識に導いたのか、それを考えるとあらためて怖くなる。

« 修学旅行とPTAについて考える、伝統について考える | トップページ | 海南島情話(1)しゃべる椰子の実のこと »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/589238/59054585

この記事へのトラックバック一覧です: 私が受けた「教育」が間違っていたなんて思わない:

« 修学旅行とPTAについて考える、伝統について考える | トップページ | 海南島情話(1)しゃべる椰子の実のこと »