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2014年2月 6日 (木)

海南島情話(2)苗族の村で踊りを見ながら考えたこと

Miauzu002  苗族の村へ。これは、チョンハイ孔子学校で中国語の勉強をするために申し込んだ時から予定されていたことです。申し込み書に「少数民族村への訪問希望はありますか?」とありましたので、迷わず○をつけたのでありました。

 校長先生の友人で苗族の人々と仲良し、という方に迎えに来てもらい、その方の運転で村へ行けばいいのか、と思ったのですが、そんな簡単には参りません。

 村は山の上にあるのですがそこへ行く途中に陽江という少し大きな村がある。そこの公安の責任者と会わないといけない。その方の主催する食事会で御馳走にならないといけない。(……といけない、というのはへんです、こっちはただでごちそうになるのだから……すべて校長先生の人脈)更にその公安の責任者と会うために、土地の有力者の家を訪問しないといけない。有力者の飼っている錦鯉や池の上に浮かぶ来客歓迎用の島、それとすばらしくおいしい点心にびっくりしないといけない。屋敷は平屋だがおそろしく巨大でいったいいくつ部屋があるのかわからない。池はふたつあり、片方は野球場ぐらいの広さだから湖と言ったほうがいいかもしれない。

 もちろん、この手続きを飛ばして一直線に苗族の村へ行く事もできるのだろうが、案内の方が「事前にぜひ会っておきなさい」という方と会わないで行くと苗族の人々としては、突然の来訪者に戸惑うのだろう。「正規の来訪者」となるために必要なことだったのかもしれない。中国は「面子」の社会だ。

 屋敷は壮絶なほど立派だったし、料理はたいへんに心のこもったものだった。

 色々な意味で、苗族の村、遠し。

 しかしそんなこととは関係なく、子どもたちはかわいかった。もう本当に本当に、かわいくて人懐こかった。この私が、「ひょっとして私ってば善人だったのか?」と錯覚するほど、自然に話しかけることが出来たし、また向こうも自然に答えてくれた。(大人は苗族の言葉か海南語しかしゃべらないが、子どもは小学校で普通語を習うから私の中国語が通じる。とはいえもちろん、「歳は?」「小学校の教科ではナニが好き?」程度の簡単な言葉しかしゃべれないが。)

 揃いの民族衣装で踊る若い女性はみんな漢族より色白でなぜだか日本人そっくりだ。毎日山のだんだん畑で農作業をしているはずなのに手も足も白い。男はみんな細くて大変に整った顔をしている。村にはもう、苗族特有の低い草葺の家はほとんどないらしい。下の陽江村と同じく石かコンクリートで出来た近代的な家屋で衛星放送を受信するアンテナがあり当たり前だが基本的にほとんどの道が舗装されている。

 チョンハイ孔子学校で中国語を勉強する日本人のうち多くがこの村の見学を希望するだろうから、私たちはそれほど珍しくはなかったはずであります。でも、私たち一行(私たち夫婦、孔子学校校長、それに案内役3名)が到着すると、20人ほどのひとがワッと集まってくれました。踊ってくれたのはあの、赤と黒の鮮やかな民族衣装の方々でしたが、踊らないときでも基本的に女性は頭の飾りが、苗族特有の手作り刺繍によるもののようであります。ある一定以上の年齢の方はそれを決して外さない。少なくとも家の外では。

 村の方々は大人も子どもも、女性も男性も、終始ニコニコニコニコと笑顔を絶やさず、またそれが演技でもなく「あなたがたが来てくれて本当に嬉しい」という感情を素直に表してくれているもののようで、ここでもまた私は「ひょっとしてワタシはいい人?」という錯覚に、とらわれたのであります。あぶない。すべてはチョンハイ孔子学校の校長の人脈ではないか。

 何時間かを一緒に過ごし、刺繍作製も見学し、帰途に着きました。

 踊りきれいだったね、民族衣装素敵ね、子どもかわいいね、歌もとても上手ね、と言って帰ってくればいいのでありますが、私は生来のひねくれ者であります。

 これからのことを考えてしまう。

 村には数十戸の家がありますが、人口はどんなに多くても数百名でしょう。千を越えることはないでしょう。

 村には小学校があり北京普通語の教育を受けるが、彼らが大きくなったとき中学以降は寮住まいだろう。そして大学へ。どんな仕事につくのか。村に戻ってだんだん畑を耕す気になるのかどうか。

 男前と美人の多い苗族の村だが、彼らは数百名の部族内だけで婚姻関係を完結させることは有り得ない。どんどんと混血が進み(今も進んでいるだろう)それは民族のアイデンティティに直結する問題となる。

 そしてどんな村もどんな家庭もどんな個人も経済活動なしに命を永らえることはない。村からはるかな距離を歩いてだんだん畑へ。巨大な角を持つ立派な牛をたくさん飼う苗族の村の人々が男も女も働き者だという評判は本当だと思う。彼らは経済的に豊かという言葉を使うかどうかは別にしてまずは暮らしに困っているように見えない。家屋と服装と表情からしか判断できないわけだけど、幸福そうに見える。

 でも、この村の人口がこれから増えるのか、減るのかと考えると、ひねくれ者の思考はそこで停止する。

 でもでも……数分間パソコンのキー前で凝固したあと、思い直す。

 ワタシが心配することじゃないか。

 私は心優しくて働き者の苗族の血を引く者です、という若い人が中国全土に散らばるだけか。

 安心して、ブログに写真を載せる事にしました。

Miaozu003

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