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2014年2月11日 (火)

ついに黄鶴楼に登る

KoukqkurouKoukakuroutyoukou   午前8時半に武漢のホテル「紫陽湖賓館」(朝食つきヒト部屋300元弱)の中にある食堂でかなり美味な朝食を摂り、大学生2名に先導されて黄鶴楼へ。

 李白が旧友と別れを告げた有名な建てものですけど、近くで見てもそのシェイプはすばらしい。ただ、この軍事施設(たぶん迫る敵をいち早く発見するために建築されたものじゃないだろうか)は何度も破壊・建築を繰り返しており、唐代のものが模型として残っていましたが李白の頃は今よりかなり低かったようです。

 それはそれとして、私にとっては天安門や長城以上に憧れの場所。

 初めて見たとき、ゲートをくぐるとき、何層もあるこの建物のその一層一層を登るごと、生きてこの地に来ることが出来たその幸福をかみ締めておりました。

 大変な混雑を予測しておりましたが、春節が終わってしまったからか、ウィークデーのせいか、それほどの混雑でもなく、ゆっくりと外見を、そして最上層からの武漢の町の眺めを、堪能することが出来ました。

 1200年前に李白が目を凝らして見たであろう友の乗る舟、その舟を浮かべる長江(揚子江)それは黄鶴楼からは見づらい。高いビルが立ち並んでいることと、武漢の町を覆う白濁した大気のせいです。

 旅というのは考えれば考えるほど面倒です。

 私はそもそも、母親が「私が死んだら墓なんか建てるな。骨は外国の川に少しずつ撒け」という奇妙な遺言を残して死ぬまで、パスポート自体持っていない人間でした。インドへ行くとき、旅行会社の人から「ビザはどうしますか? 御自分で用意されまますか? こちらでお取りいたしましょうか?」と言われ、ビザという言葉を知らず、「そんなものが必要なのですか? やっぱり不潔だからですか?」と聞き返したりしていました。ビザというのを、事後にお尻を洗う機械だと思ったのです。パスポートやビザ以上に面倒なことが一杯あります。荷物のパッキングや航空券の取得、長蛇の列に並んでのイミグレーション(中国のそれは異様に簡単だが)……。滞在先にEMSで生活用品を送るのも面倒です。言葉の心配も水の問題もあるし病気に備えて旅行保険に入るかどうかも考え(私は強制的に入らされた。なんと2000元!)。

 そんなことを考えると、日本に居たほうがはるかに楽です。日本で紅白歌合戦を見ていたほうが楽に決まっている。長城が、黄鶴楼が、見たいなら日本でDVDを買えばよろしい。はるかにクリアだしその歴史も日本語できちんと教えてくれます。でも思い切ってここまで来ると、逆に、ここに来ない自分の人生など考えられないのであります。

 私は、母親が、実は自分の遺灰を外国の川になど撒いて欲しくはなかった、それを知っております。自分の骨は、生きている間は骨だが死んで焼いたら単なるカルシウムだと思っていた、それを知っております。でも遺言した。この、世界一ものぐさな面倒くさがりの男に、たまには旅をせよ、と教えたのだ。

 母親の遺言に従いインドへは行き、子ども達にモハーの断崖を見せるためにアイルランドへは行き、日本語の外教として中国へ来ました。実に面倒なことばかりでありました。日本でせっせと雪かきをしていたほうがはるかに楽であります。ネットで何でも手に入るし、主治医もすぐ近くにおられます。歯医者も近く、そして書店さんも映画館もちゃんとあります。

 なんで、中国で2年も暮らすのだろうと思います。

 私は今年7月から便利で快適な日本で暮らします。ちょこっとカナダへ行くけど、10日ほどで帰って来ます。でも、じきに「これを死ぬまでに見たい」というものが頭の中に沸いて出ることを、知っております。

 旅はなんぼ考えても、面倒であります。

 でも、ワクワクすることって、たいていは「めんどう」なんですよね。

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