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2014年2月15日 (土)

30日間の旅行が終了、零下33度のハルピンへ・・あれ? 零下8度しかない

 114日に零下32度(それまでで最高)のハルピンを離れ、海南島のチョンハイというところにある孔子学校で中国語の勉強をするために短期留学しました。

 海南島は中国人の誰もがあこがれるリゾート地(北のはずれの黒龍江省にもマンションの広告がいっぱいある)、出発前はいろんな人から「いいですねぇ暖かくて」と言われましたが、語学学校があるチョンハイ市中原鎮聯光村委区仙窟村は農村。一番近い商店(歯ブラシやボールペン、トイレットペーパーを売る)まで歩いて25分という田舎。とてもリゾートという感じじゃない。でもその「リゾート」を見たくて、ボアオへは2度、海口へは1度、映画で有名な三亜にも1度、出かけました。

 校長先生は懸命に私たちに中国語を教えてくれましたが、残念ながら期待には添えなかったようです。ただ配偶者は、聴力に関しては目だって上昇。うらやましい。まぁ、毎日の気温が25度を超える暖かい海南島で椰子のジュースを飲みながら地元の心優しい人々と接し、美味しいものをご馳走になりこれで中国語まで上手になったらバチがあたる、と負け惜しみを言う私。

 210日、滞在して初めて雨が降った日の早朝、チョンハイ市を出発し、海口の空港から武漢へ、湖北省在住の大学生2名と再開し、彼女達の案内で憧れの黄鶴楼を見て武漢大学(めちゃくちゃ広い)を見学、辛亥革命記念館を拝観して美術館で若い人の芸術作品を見たり文化大革命や三峡ダムの建築の記録写真を見たりし、最終日は大学生の父上の「部下」という人の運転する自家用車で(ビュイックというアメリカ車だった)孝感へ移動、そこで1泊して白魚をまるごと1匹蒸した美味な料理を食べ(ほとんど私が1人で食べた。少なくとも頭と腹膜は私が食べた。)じつに30日ぶりというバスタブに出会って狂喜乱舞、何度も入浴し、14日のバレンタインデーに天河空港から青島へ、更にもういちど飛行機に乗ってハルピンへと帰ってまいりました。帰着前日、ハルピンの気温をネットで見ると最低気温が-33度で不安になりましたが、機内アナウンス(残念ながら英語で聞き取った)では-8度。実際のハルピンはそれほど寒くありませんでした。ちなみに武漢の最低気温とハルピンの最高気温が、よく似ています。意外でした。武漢の人は雪も氷も見たこと無いだろうと思っていましたが大間違いでした。

 空港シャトルバスでハルピンへ、なつかしい服装城へ戻ってくるとさすがに、深海のアメフラシのように鈍感な私でも「じーん」としました。

 とても印象深い旅でしたけど、今思うのは、「反日運動ってなんだったんだろう?」であります。

 決まって、「どこから来た?」と聞かれました。正直に「日本だよ」と答えましたが、それで顔をしかめたり、態度を変えたりする人はだれもいませんでした。同じように心優しく、親切に、どんな質問にも辛抱強く(もちろん聞き取れない時は筆談で)答えてくれました。機内で、直飛のはずが青島で降りることになりまた飛行機に乗ることがアナウンスされましたが(正直、とても不安)隣の席の周さんという薬剤師(と、自己紹介した)の人が、「心配しないで。私についてくればいいから。ほら、エアチケット出して。待ち合わせはここ。次の飛行機搭乗は20分後ね」と、世話を焼いてくれました。飛行機を降りてからも、リムジンバスの乗り場で直接乗り込もうとした私に運転手さんは「先に空港に戻ってチケット買うんだよ。ほら、この人についていって」と、教えてくれました。バスの中でも複数の人が、「服装城? あぁ停まるよ。着いたら俺が教えてやるよ」と言ってくれました。この人は絶え間なく「あと☆分ほどだよ」「あと1停留所だね」と教えてくれました。

 アパートに戻ると、管理人さんの孫女士が、私の帰着をとってもとっても喜んでくれました。「奥さんは日本へ? もうここには来ないの? それは残念だねぇ!」と言いましたけど。

 7月には、日本に帰ります。

 おおらかな、人懐こい、中国の人に、何一つ、恩返しできない私は、せめて日本の国で誰かが困っているなら、及ばずながら手助けしてあげたいと思います。

 さて、あと10日ほどは、アパートで管理人の孫女士と二人きりであります。

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