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2014年2月10日 (月)

27日を過ごした海南島を離れて武漢へ。ついに黄鶴楼を見る

 1月14日から27日間を過ごした海南島を、ついに離れて飛行機で2時間半、武漢へ来ました。黒龍江東方学院の3年生2人が、出迎えてくれました。
 とても不思議だったこと。
 私たちが到着した日から、海南島は、ずっとずっと晴れだったのであります。こんだけ晴れが続いて、すでに田植えの完了した稲は大丈夫だろうか、他の作物(ムチャクチャ広いパイナップル畑が特に心配)は大丈夫だろうかと、余計な心配をしたものであります。
 それが、私たちが離れるという今日の早朝から、雨であります。気温も、前日までの26度~29度が嘘のように、15度ほどの涼しさ。というか寒さ。
 出発の前の夜、チョンハイ孔子学校の王校長先生が親戚や近在の知り合いを集めて開いてくれた送別会で「4週間も中国語の授業があったのにその程度?」というダメさ加減をさらけ出しました。52度のバイチューにビックリしました。そして、お別れに中国語で長い作文を王校長先生あてに書き、海南島を離れたのであります。
 出発前から、「武漢は大変な寒さだよ」といわれていたのですが、たしかに30度の気温差はすごい。
 武漢というと、有名なのは李白の詩でうたわれた黄鶴楼。出迎え生徒の従兄弟という人が運転する車でホテルまで送られたのですが、その途中、窓からついにあこがれのそれを目撃しました。
 うう~む、33年間を日本で国語教師として送った私にとっては、黄鶴楼は長城より強くあこがれた建造物。ついに……。
 故人西辞黄鶴楼、煙花三月下揚州。孤帆遠影碧空尽、只看長江天際流。
 李白は、友達の孟浩然が乗った船を、それが見えなくなるまで見送った。
 見えなくなっても、見送った。
 長江はとても幅の広い河。そして動力船じゃな自然の風で動く帆船だから、見送る時間も半端なものじゃない。それを、「友達が去った後は、ただ長江が水平線にむかって流れていくのが見えるばかりだ」というのだからいったい何時間見ていたのか。
 長江沿いの丘の上に立つ黄鶴楼は4~5層の物見やぐら。屋根の形が、例の中国特有の、先へ行くほど上に反り上がる不思議なものであります。これに登るのは明日であります。
 運転手役をつとめてくれた従兄弟さん、出迎えの生徒2人、私たち夫婦、合計5人で昼食を摂りました。なんでか150元、2500円ほどでありました。誰もビール飲まないからかな。
 ここで過ごすのは4日。案内の2人は、ともに3月末には日本暮らしが決まっております。

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