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2014年1月29日 (水)

力のある作家は「読むと忘れられなくなるシーン」の記述力を持つ

 コメント主さんの、村上春樹作品の中に登場するビールを飲むシーンに注目、という言葉には同感です。

 いろいろな作家のいろんな作品に、精魂を傾けたシーンと言うのがあるようだ、ということに気づきました。大江健三郎の「個人的な体験」では、妻が病院で出産した子どもに異常があったらしいということを聞いたバードが、自転車で妻のもとに駆けつけるのですが、そのシーンは主人公の心理を反映して緊張に満ち、写実的で美しいです。自転車をこぐバードの眼前を野鳥が横切りますが、その飛翔の美しさ、緊迫感、まことに、書籍から顔を上げればすぐそこにあるようであります。

 村上龍の「69」だと、高校3年生の主人公達が深夜の校舎内に落書きをしながら移動するそのシーンとか。もちろん夜警に見つかったらどうするという緊張と恐怖に満ち満ちているのですけど、読んでいる側の鼻腔に、ペイントの匂いが迫ってくるようなのであります。

 三島由紀夫が生涯でたった一編、書いたハッピーエンド小説が「潮騒」ですけど、荒れ狂う海に主人公がついに飛び込むシーンがそうかもしれない。やはり、その漁師の筋肉が今、そこに、あるようではありませんか。三島と言えば、短編小説「煙草」で、大学生の主人公が生まれて初めて煙草を吸いひっくり返るシーンも魅力的です。

 太宰治だったら、「葉」や「思ひ出」それから「人間失格」の『自己弁護』のくだりとか。

 「神に問う。無抵抗は、罪なりや。」

 こうなると、プロの作家というのはそのシーンを描かせたら余人を寄せ付けないという得意技を何種類か持っているということになる。

 ビールを飲むシーン、村上春樹作品にはあちこちに登場します。「ノルウェイの森」のワタナベ君は大学生なのに昼間っからビールを飲み、ミドリが現れるまでに酔いをさまそうと町を歩く。ビールを飲むところ、たしかに臨場感に満ちている。もしかして村上春樹さん自身がビールがすき、とか? 

 ……とすると、「コインロッカーベイビーズ」を書いている時、村上龍は暴力が好きだったということになる。まぁ…いいかそれでも。20代の終わりだし。

 ここ10年の芥川受賞作から、そういうシーンを探そうとして、まだ見つからないでおります。そういうシーンを読むと、長く記憶に残るものですけど、なかなか、ない。青木七恵さんの小説に出てくる私鉄のプラットフォームとか、……あれ? どんな文章だったか忘れた。

 最近私の書くブログ記事は分裂症患者の立派な症例を呈しているのでありますが、ビールで思い出したので海南島のビールのことを。

 基本、中国にはビールを冷やして飲むという習慣がありません。ハルピンでも北京でもビールを注文するとみんな室温です。でも海南島では冷えております。(冷えてない露天もあるけど)それはこの地が、基本的に年がら年中20度を超える気温であるからでしょう。そして、なかなかおいしい。つまみ無しに瓶ビールをラッパ飲みしていると、別のテーブルでコーヒーを飲んでいた見知らぬおじさんが、わざわざやってきて私たちのテーブルの上にざぁっとヒマワリの種をぶちまけてお礼の言葉も聞かないで行ってしまいます。全く関係のない近くの子どもがもじもじしながら寄ってきて、「どこから来たの?」と聞くなり両手で顔をおおって恥ずかしそうに笑い出します。「名前は?」と聞くと、もっと恥ずかしそうに「シー。東、南、西、のシー」と教えてくれます。驚くなかれ、普通語であります。大人の中には海南語しか話せない人もいるのに、8歳の少女はりっぱに北京普通語を話します。小学校へ行くとよっぽど徹底的に、その教育を受けるのでしょう。

 ……ビールはどこへ行ったんだよ。

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