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2014年1月26日 (日)

なんのこととはない、ずっと仙窟村にいればよいのだ

 欲望というのは対象があってはじめて発生する、ということをわかりやすく言ってくれたのは村上龍ですが(すべての男は消耗品である)私はもちろん正しい、と思っています。

 ハルピンに居た当時、あれほどガブガブ飲んでいたコーヒーですが、こちらに来ると全く欲しくなりません。

 面倒なのであります。海南島のコーヒーは、鍋に湯を入れて海南島産の豆を細挽きにしたのを投入し、適当な時間ぐつぐつ煮たものです。ですからやや粉っぽい味でそれはそれで美味しく飲めるのですが残念なことに露天のコーヒーショップの(ビールもお茶も何でも商う)それにはすでに砂糖とミルクが入っている、それを「入れないでくれ」というのが面倒です。たぶん、大量に作ってそれを順次サービスしているはずで、私がそれを注文するということは、「私のため『だけ』にちょっと2杯分ほど淹れてちょうだい」が言える、ということです。

 コーヒーは基本、ブラックであります。ミルクや砂糖を入れたのはコーヒーとは言わない。それを注文する語学力はない、と自覚すると、あっというまにコーヒーそのものが欲しくなくなります。

 空気を吸う、眠る、食べる、という本能はしかたないとして、108もあると言われる人間の欲望、煩悩というのはその程度のものだったのだと思います。

 10代の終わりならいざしらず、62歳になってしまえばプールサイドで美女とモヒートを飲むには億の金が必要とわかります。億の金はない。その十分の一だってない。そうすると美女も欲しくない。世界最高の美味は生芝海老の老酒殺し、中国名「酔蝦」(ズイシャー)なのですけど、それだって「ない」とわかれば食べたくならない。(日本へ帰って増毛へ行けば食べたくなるかもしれない)速いスポーツカーも左ハンドルのRVも、「ない」とわかれば欲しくなんかならない。

 もし、その仮説が正しいとすると?

 それを手に入れるのが可能な環境にいる人間は、地獄のふちにいる、ということだ。手元に、自由に使っても奥さんも税務署も何も言わない、億の金がある、場所は東京の赤坂で、シティホテルは目の前だし美女はぞろぞろ暇そうな顔をして歩いているし、フェラーリのディーラーもある。ふと携帯電話を見るとドゥカティの販売員からの、「赤のイタリア仕様のパニガーレ1199が入荷しましたよ」なんてメールが表示されている。

 地獄だ。

 私は、ある時期139馬力のバイクを所有していたから確信しているが、刺激的なものには、人はあっというまに、飽きる。ストラビンスキーの「春の祭典」には飽きないが、チャイコフスキーのバイオリン協奏曲には、飽きる。それが刺激的だからだ。人は退屈なものには退屈しない。刺激的なものに、飽きる。逆じゃない。

 億の金を日々自由に使う生活は刺激的だろう。飽きるまでは。そして、私は知っている。トヨタのクラウンには、人は、なかなか飽きない。しかし、ランボルギーニのウラッコには、飽きる。それら刺激的な車の走行距離がなんであんなに伸びないか。燃費がかさむから? 違う。オーナーが、「飽きる」ことへの恐怖をちゃんと自覚しているからだ。

 そうは言っても。

 海南島の暮らしは(語学留学は)あと2週間と少しで終わります。

 ハルピンに戻ると10分おきにコーヒーが飲みたくなるだろう。

 7月には日本に帰ります。増毛まで車で45分。ぴんぴん跳ねている蝦が、老酒をぶっかけられるのを待っている。まぁ、億の金はないので(その百分の一もないけど)それほどの地獄じゃない。でもこの、海南島仙窟村の最深部よりは、地獄に近いだろう。

 私の意志は、豆腐のように柔らかい。残念ながら自制心も全く薄い。

 おお!

 ずっとここ(仙窟村)にいればいいのだ。

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