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2014年1月 3日 (金)

世界の人がみな幸福にならないうちは私も幸福ではない、と宮沢賢治は言ったが……

 世界全体の人々が幸福にならない間は、私の幸福もない、と言ったのは宮沢賢治でした。

 りっぱな見識だと思います。私は昨年の春、中国人大学生相手に授業をし、あらためて自分でも勉強をするなかで、日本文学史上にはこのような偉人もいるのだということを再確認しました。

 世界中の人々が幸福になれないのなら、自分も幸福ではない、そう言って宮沢は生き、その通りの人生を送りました。生涯結婚せず飲酒喫煙はやらず美食飽食とも無縁に暮らし最後はおそらくは栄養失調からくる心身の疲弊をまねきはんぶん自殺のような病死で世を去りました。

 しかし作品はすばらしいです。毎年、黒龍江東方学院の日本語科でも複数の生徒が卒業論文にこの作家を採り上げます。(銀河鉄道の夜が多い)

 私はこの作家のことを1人の日本人としてまた1人の教員として(日本に帰れば「もと」がつきますが)尊敬しておりますが、自分の子どもにも自分自身にも目の前の生徒にも、「見習って生きろ。模範である」とは、言えません。(もっとも、見習うことができないから『偉人』なのだが……)

 理由は、二つあります。

1、よほど『豊か』でないと……こころうち深く、豊かに何かを持っていないと……あのような生活は送れない、ということ。

2、時代が違う、ということ。

 以上であります。

 宮沢の時代と今と、はなはだしく違う。その差異を言葉で表現すると要因は100200もあるのだろうけど、はっきりしていることは、日本人全員が、「明日は今日よりよい暮らしができるはず」と確信し生きていたということ。戦争はあったし政情は不安定だし特に宮沢のいた岩手じゃ不作と豊作が毎年交替したから大変だったとは思うけど、目の前の子どもを見つめながら、「この子が大きくなる頃には日本の形態は今とは違っているはず」と、どの親だって確信できた。そして結果的にそうなった。宮沢が死んでからすぐ、300万同胞の死ぬ巨大戦争はあったが……。

 今は?

 たしかに「豊か」にはなりました。しかし、その「豊かさ」を、毎月の給料や株価や失業率やGNPといった数字で見る限り、「将来の方が今より良い暮らしのはず」とは確信できません。日本のGNPや外貨準備高が中国を抜き返して世界第2位の「経済大国」に復帰する日は永遠に訪れません。宗主国アメリカは数年前から沈む泥舟でありました。必死になってしがみついているのが安倍と霞ヶ関ですけど、やがて手を離さないといけない日が来るでしょう。30年以内に中国は現在のアメリカのGNPを抜き去り、世界1の大国に(軍事的に? 経済的に?)なるでしょう。それが普遍的『幸福』かというと別な議論も必要ですけど。そしてそれは、中国が否応なくかつてのアメリカのような客観的な幸福と主観的な幸福の、大きな齟齬に直面するということだけど、どうしたってそうならざるを得ない。アメリカの人口の5倍を広大な国土に抱える中国は発展するにしろ衰退するにしろものすごい激震を周囲に引き起こす。それはもうしようがない。

私たちの国は、数値的には、衰退が間違いないのだろうと思います。だからどんな誠実な詩人も、「みんなが幸福にならない間は私も幸福じゃない」とは言えない。

「個人としての戦略を持たないとこの人生は生きにくい」と、私たちみたいなオジンは気づかないけど若者はもう気づいている。日本の国全体が経済的によくならないと俺の暮らしも改善されない、と考える限り、その人は毎日毎日、「なぜなんだ、なぜなんだ」と出口のない不平の迷路で暮らすことになる。選挙が近づくと街角インタビュアーがマイクを持って人ごみに立つ。それに答えて八百屋のあるじが「そうだねぇ、景気がよくなってほしいねぇ」という。景気なんてことばは、ない。そもそも定義がない。頭のいいインタビュアーは聞くかもしれない。「つまり、大根がもっと売れたらいいということですか? 仕入れ値の10倍で売っても毎日売り切れが出るような状況がいいのですか? このあたりの八百屋さんがみんな倒産してあなたの店一軒だけが残る、それが喜ばしいのですか? どうなったらあなたの言う『景気』の問題が解決されるのですか?」と、聞くかもしれない。

そうなってはじめて、八百屋のおやじさんは、私的な戦略について思いをめぐらすだろう。私たちはどこかで、「日本全体の景気向上への願望」と、決別しないといけない。そして、「個人」として幸福を模索するほうが、日本全体のことを考えるより、楽しいに決まっている。

 あえて宮沢賢治に話を戻すなら。

 「世界人類がみな幸福にならないうちは私も幸福ではない」と、それはたしかに言った。

 でもいっぽう、巨大な共同体に依拠せず、一日に玄米四合と味噌と少しの野菜、という「充実」をぎりぎり自分に許し、雄大極まりない個人的世界を持っていた宮沢は、今の、このゆるやかな凋落があきらかになった日本に生まれても、やっぱり詩人であり作家であったかも、しれない。

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