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2014年1月11日 (土)

日本文学史概説、前半が完成

 理由ははっきりとはわからないのですが、「今年もできる」と思い込んでいた3年生向けの授業『日本近代文学選読』は、今年は中国人先生が担当することになりました。

 1学期が終わるとき、うわ言のように「3月になったら選読が始まる、選読が始まる」と言っていたその教科が「ない」と知ったとき、失望もありましたが、まずは「反省」をしないと、と思ったのでありました。だいたい、どんなことでも、自分が「楽しかった、うまくいった」と思っているときというのは受け手にとってはそうでないものです。生徒の側は、毎週宿題はあるし、「老人と海」と「雪国」と「千と千尋の神隠し」を並べて論じられても、穏やかな「原則」に慣れてきた者として受け入れがたかったのかもしれない。

 「ひとりよがり」は、いつだって危険であります。お年よりは、よく若者に「君のためを思って言ってるんだよ」と言いますが、言われている方はものすごい迷惑なのであります。

 たんたんと「吾輩は猫である、名前は未だ無い、はいこれを中国語に訳すと」とやっていたほうが、良かったのかもしれないのです。

 できっこないけど。

 海より深く反省している私に、同僚のM先生が声をかけてくれました。

 「選読がなくなって残念でしたね、替わりに『日本文学史』を授業したらどうですか?」

 日本文学史? でもそれは、☆☆先生が授業するつもりで、教材を準備してたんでしょう?

 「いや、いいですよ、中先生がやってください。もしかしたら先生がやりたかった『選読』と共通の部分があるかもしれないじゃないですか。」

 かたじけなくM先生から教材を貰い、授業をすることにいたしました。

 M先生所有の教材はとてもよく練られていました。万葉集、伊勢、竹取、源氏などの本当におもしろいところがピンポイントでピックアップされ、しかもそこから説明を展開してその文学作品の『史』上の存在意義がちゃんとわかるようになっている。

 ちゃんと勉強して国語教師になった人は違うな、と思ったのでありました。

 立派な作家が書いた立派な文学作品をわけのわからないボウフラが授業するのだ、と思うと申し訳なくて泣きそうになりましたが、気を取り直して私は私の教材を準備。もちろんM先生入魂の力作からいかんなく情報を借りるのであります。

 びっくりすることばかり書いてある。

 当たり前だ。だいたい、私はこれを読むまで、松尾芭蕉が自立した文芸とまで高めた連歌の発句部分に『俳句』という名前をつけたのがずっとあとの時代の正岡子規だってことも知らなかったんだから。

 何か国語教師として必要な情報が私のことを避けて通り過ぎて行ったような気がしないでもない。

 あっというまにA4のプリント8枚の『日本文学史概説』ができました。新古今にも謡曲にも八犬伝にも一連の近松作品にも西鶴にも触れない、「ゆがんで」「かたよった」概説ができましたが、どんなにがんばって補講まで盛り込んでも17回×90分しか授業できない。まぁやむをえないのであります。近松がいない代わりに上田秋成のことはしつこくいつまでも書いたから。

 ある日本語の先生が、「中先生、A4で8枚っていいますけどこの概説……江戸の終わりまでですよね? 先生がやりたかったのは明治以降じゃないんですか?」

 ……いひひひひひ。

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