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2014年1月 1日 (水)

亡霊のようなタレントが亡霊そのものの番組に

 ネットを見ていると、1948年生まれのオジンが、こともあろうに60年代終わりか70年代はじめの歌しか持ち合わせないはずなのに1231日のNHKの国民的行事()に出場し、予定調和的な不調和を演出してもらって1回限りの『出場』を完遂した? それでまぁめでたしめでたしなのですけど、国民の皆様もNHKももちろん1948年生まれのオジンも日本の国がすっかり変質してしまったということを承知していて、それでもこの『国民的行事』をやめることができないで(やめても誰も何にも困らないけど)結局は冗談にしてゆくしかなくて、その変わり目にこの冗談そのものの『もと歌手』が出てきただけなのだろうと思っています。そのように思ってネット記事を見ると、内田裕也というとっくの昔に過去になってしまった亡霊の登場とか、『連鎖する冗談』として一連の騒動を見るなら、愉快ではあります。

 かつて愛された、「言葉があって意味がない」世界の代表者がノスタルジックに登場しでもやっぱりそれはどこまでいっても意味のないノスタルジーにしか過ぎなくて、忘れられ消え行くもののつかの間の(あるいは最後の)自己主張だったと見ると、愉快なようでどこか悲しいようで。でいつしか『醜悪』だ。

 () 季節のない、町に生まれ、風のない丘に育ち、夢のない家を出て、愛のない人に会う。

 何かの象徴であったのかもしれないけど、重要なのは「言葉があって意味のない世界」がかつて存在しそれなりに人気もあったが、今はもうすっかり別の世界にとってかわられている、それはたぶん苦労して意味を作り出した者が私たちに見せてくれたあるいは見せようとしている別世界だろうけど両者は決して交錯することはないし、過去は静かに消え行くしかない、それを認識できるかどうかだと思います。

 () 横目で、他人を覗き、自分の道を確かめる、また一つ、ズルくなった、当分照れ笑いが続く。

 意味がない、というかここに意味があり、肉体を持ったワタクシと何らかの接点を持っていると仮にすると、甚大な問題が発生する。辛くてそんな歌、歌えない、聞けない。

 言葉があって意味のない歌は、意味がないからこそ、愛されたのだ。あるいは、「愛することができた」のだ。それは、ゆたかに言葉「だけ」があった時代でのみ許された創作・鑑賞の活動だった。時代的特殊性に寄りかかって成立した創作活動だったと言える。終わった。終わったと認めないといけない。そして、終わったことを知りながら「ちょっと思い出してみましょうよ」と亡霊を出すのは。

 それがつまり、『甘え』だ。

 言葉があって意味のない世界は、意味がないというその唯一一点のみにおいて「意味があった」。

 しかしその世界の『意味』は、村上龍が小説『69』を書いてしっかり「終わらせた」。(もっとも、彼が書かなくても、「終わっていた))

 私の書いているこれはもとより日記で、もちろん意味がない。私は泉谷に熱狂した世代だから、自分の熱狂のエネルギーのありどころを考察しているだけだ。しかしさすがにこの私でも、言葉だけあって意味なき世界がしっかりと終わり脂汗を流して意味を探す時代がはじまってずいぶんな年数が経つというのにまったく無反省に巨費を使って番組を作る巨大放送局が日本の変質など「ありませんよ」とでも言いたげに亡霊のような番組を毎年毎年作り続けるのはなぜかと、時々不思議でならない。そして亡霊そのものの『もと歌手』が、暴力的言辞と暴力そのもののわがままで一瞬の笑いを取る。いうまでもなくこの暴力は、特殊な世界の特殊な文脈で「許されるだろう」と思って行使される、完璧な『甘え』だ。言うまでもなく気持ち悪い。

 でも、『甘え』というなら。

 私を含め、「まぁ……いいでしょ」というものすべてが非生産的で、気持ち悪い。

 こうして、泉谷とNHKへの悪口は自分に返る。

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