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2014年1月 2日 (木)

ハルピンで初詣、そこで考えたこと

 初詣に、ハルピンで一番有名なお寺「極楽寺」へ行ったのであります。

 アパートから地下鉄の駅「哈南站まで歩き、片道4元を払って「工程大学」まで行きます。そこで地上へ出ると。

 おお、突き刺さるような風だ。零下15度って言うけど、ホントにその程度か? 北海道のマイナス20度のほうがはるかに暖かいぞ。

地面を氷の粒が風に吹かれて舞い舞いこちゃんしています。その粒は日の光を浴びてきらきら輝いています。スキーヤッケの前を顔の所でしっかりとかき合わせ、地下鉄の駅から10分あまり歩くと、そこに「極楽寺」があります。それにしても、すごいネーミングだね。

 以前、「他のお寺を知らないので極楽寺を参拝するのですけど、宗派はなんですかね、僕は真宗大谷派の信徒なのですけど」というと、同僚の日本人先生が「中国に宗派はありませんよ、日本にやってきて『派』に分かれるのだから」と、しごくもっともなことをおっしゃいました。私は自分の無知に赤面しました。初めて、中国では、安心してどこの寺にでも参れるのだ、と知りました。

 お寺に入る料金は10(160)ですけど、たくさんいる乞食さんをクリアしないといけません。片手のない人がいます。「つるん」とした肘の切断箇所を見せてくれるのですけど、何しろ寒さが寒さなので、ひび割れて出血している。足がない人がいます。顔の半分がない人がいます。どこが悪いのかわからないけどとにかく老人で、凍てつく路面に座り金属缶を置いて通り過ぎる人の靴に向かって頭を下げ続ける人がいます。私はこの寒気の中、1秒だって立ち止まるのは嫌だ。死んでしまうよ、と思います。でもずっと座っている、ずっと体の損傷箇所を露出させて立っている、その忍耐力はすごい。私が、身をかがめて路上の缶の中に5元札を入れると、かすかに首をあげ、かすれる声で「謝謝」とおっしゃる、おお、その口の周りのひげに、吐く息の水蒸気が厚く白く凍り付いている。中☆※産★! 今すぐこのお年寄り達をなんとかしろ! と叫びたくなります。

 参拝客の数は多く、立ち止まって喜捨を施す人は多い。相場は1元のようであります。二胡を弾いてお金をもらおうとしているお乞食さんもいる。手袋をはめて二胡を弾くことはもちろんできないから、弦を押さえる手の所々から生々しく出血している。

 今すぐなんとかしろ! なんのための社★※義だよ!

 お寺の中へ。

 中国の仏教徒の参拝動作は大きい。体を大きく空中に伸び上がらせ、次の瞬間には膝をついて頭を床にこすりつける。また伸び上がる、また頭をつける。老若男女、みなその動作を続けている。私はなにしろ日本のお寺に参るやりかたしか知らない。ポケットから数珠を取り出し、目を閉じて頭を下げるだけ。帽子をとり手袋を外すとハルピンの暴力的な風がそこを狙って押し寄せる。首から上がもぎとられそうに痛い。

 仏像はみな、異様に新しい。当然だ、みんな、1960年代から70年代のあの狂騒期に破壊しつくされている。極楽寺という名前の漢字も、紅の兵士たちに削り取られたという。

 「あらゆる闘争のかなたには、具体的な共産制のイメージがなければいけない。」

 毛語録だ。

 寺院を襲撃し、寺名を削り仏像を破壊し僧侶に暴力をふるうという「闘争」のかなたに、どんな「共産制の具体的なイメージ」があったというのか。

 「あった」という人がいたとする。

 反論は、かんたんだ。

 門前におびただしい喜捨要求者の群れを指差すだけでよい。

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コメント

こんにちは。
中国の仏教にも宗派はありますよ。
真言宗・天台宗・臨済宗・法相宗はじめ、日本の主な宗派はおおむね中国から渡ってきています。浄土宗のように日本独自の宗派もなかにはありますが。

ただ、現在の中国には、宗派はなくなってしまったといっても過言ではありません。このブログでも触れられているように、中国の仏教は1960年〜70年代に滅んでしまいました。

現在の中国にあるのは、中国共産党の下部組織としての仏教寺院です。それがお寺といえるのかどうかまで考慮すると、今の中国には宗派がないという以前に、仏教もないと言えなくもないです。実際に、日本ではそう言われることもあります。大変残念なことです。

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