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2014年1月23日 (木)

Takakenさんコメントお礼、「崖の下で暮らす」の管理人さんのこと

 Takaken様すばらしいコメントありがとうございます。

 留萌でお生まれになり、現在は砂川市ご在住、ご子息が少年野球をなさっていたとすると、もしかしてお顔を拝見している可能性もあります。子どもが少年野球をやっておりましたのは、まだ赤平のチームがレッドファイターズと呼ばれ、御地砂川のチームがスティッカーズと呼ばれた頃でした。

 晴れた日に、息子の野球の試合を見ながら配偶者と一緒にホットドッグをかじっていると、ごくごくささやかながら、この人生も捨てたものではない、と思ったことを覚えています。その息子も現在は20代のなかばとなり、北海道からも日本からも出て行ってしまいましたが。

 「崖の下で暮らす」の管理人さんは、すばらしい文化人です。

 わすれられない名言がいっぱいあります。そのうち一番記憶に残っているのは、「ボート遊びをする際に一番必要なのは何ですか?」という質問に対する答えでした。私は、管理人さんから、「観天望気です」とか「操船技術です」とかいう答えを期待したのですが、回答は「友達です」でした。

 一緒に釣りに行ってくれるにしろ、外洋で船外機が止まったときに迎えに来てくれるにしろ、いくらかは命を危険にさらすことになります、そういう友達がいないとボート遊びはできません、というのが管理人さんの考えでした。

 すごい、と思ったことを覚えています。他にも名言がいっぱいあります。もちろん、「崖の下に暮らす」にお書きの事もとても深いです。男の子が喧嘩するときの心得、なんかも呼んでとても恥ずかしい気持ちになったものです。おっしゃる通りブログからはお酒の匂いが漂ってきますが、私はいつか増毛に投宿し、無理でも管理人さんのところに押しかけてたとえビール1杯でも一緒に飲んでもらいたいものだ、と思っています。中国から日本に帰ったらぜひぜひ会いたい人というのはたくさんいらっしゃいますが増毛のこの賢人も、重要なお1人です。

 さて、11人の中国人がどう日本人を見ているか。

 全く、Takakenさんのおっしゃるとおりです。どんなときも……あの、一番危険だった20129月末の時も……私が「日本人です」とうちあけても、ラーメン屋のおやじさんも果物屋さんの兄さんも八百屋さんのおかみさんもみんなみんな、人懐こくやさしかったです。ただ、「南の島のことですけど……」というと、瞬時に「あっ、その話題はやめましょう」と、言われました。大学生は反日デモの地で暮らす日本人のために激励のパーティーを開いてくれましたし、「騒ぎが去るまでボクがボディーガードをつとめましょう」と言ってどこへ行くときも付いてきてくれた男子学生もいました。

 ここ海南島のチョンハイ市というところには不気味な言い伝えがあります。1940年代のある日、日本軍がとつぜん侵攻してきました。この市の某農村で、「これから良民証を配る。千人ぶんだ」と言いました。良民証を貰った千人は殺される可能性がなくなったと大喜びしました。日本兵は彼らを連れて山の中に入り、素手で穴を掘らせました。良民達はいっしょうけんめい穴を掘ったそうです。結果、その千人は殺され、自ら掘った穴の中に葬られることになった。それは「千人窟」という名前で現存するそうです。

 その伝説を話してくれた人は、「ぜひ連れて行ってください」と私が言ったときだけ、厳しい顔を一瞬、しました。「今は、だめです。今は、まだ」

 でも、そんな伝説がなお残るこの海南島でも、老若男女を問わず人は優しいです。

 おっしゃる通り双方の政府のプロパガンダの問題なのかもしれません。

 私も日本に帰ったら異国の地で暮らす中国人に手厚く接したいです。

 どうかこれからも、よろしくお願いいたします。

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